地方自治と議会の今をつかむ、明日につながる

議員NAVI:議員のためのウェブマガジン

『議員NAVI』とは?

検索

立法事実から見た条例づくり

2015.12.25 政策研究

北海道ニセコ町水道水源保護条例・地下水保全条例と立法事実の記録管理(下)

LINEで送る

九州大学法学研究院准教授 田中孝男

6 立法事実の検討

(1)必要性
 本件2条例に規定する目的規定の内容それ自体が正当であることには、異論はないのではないか(15)と思われる。
 また、町は水資源管理につき、環境基本計画・環境基本条例の策定・制定以来、継続的に取組を進めてきていた。その点で、条例制定の動機の不正(例、特定施設に対する不当な立地阻止)もないと思われる。
 さらに、北海道内全域での外国資本の森林買占め、ニセコにおける観光開発の動きの活発化が、条例制定の背景にある。この点でも、この種の条例の必要性を肯首できよう。
 もっとも、現行法制度と町の組織体制で対処が可能で、かつ、町の適切な政策目的・政策目標を達成し得るものであれば、条例制定の必要はない場合もある。
 町当局の検討では、当時の国法制度では、水源(水量・水質)の保全・継承には十分でないこと、特に私水とみなされてきた地下水に対する保全の法制に不備があることなどが、意識されていた(質問に対する回答から)。
 結局、類似の条例が、本件2条例いずれについても、現在に至るまでなお全国各地で制定されている(16)ことから、その必要性を認めることには、異論は少ないと思われる。

(2)実体的合理性
① 水道水源保護条例
 全国の水道水源保護条例は、立地規制型と取水規制(水質測定義務付け)型に分かれる。本条例は、立地規制型に属する。
 そうすると、まずは立地規制に関わる水源保護地域の指定が問題となるが、審議会の意見を聴くほか、縦覧手続がとられている。都市計画上の手続などと比べても、本条例が慎重さを欠く内容とはいえないと思われる。
 ところで、(三重県)紀伊長島町水道水源保護条例事件最高裁判決(17)は、立地規制型の条例について、営業の自由に対する過度な規制であるとして憲法違反とならないよう(18)、同町側に事業者に対する協議・配慮義務を要求する。
 これにつき本条例は、協議を踏まえた協議者に対する町長の助言・勧告制度を設ける。この助言・勧告は、それが義務付けを意図していない点で、協議過程の一部が実定化されたと評価できるだろう。
 規制対象施設としての認定に関しては、審議会の意見を聴くことにしていることも、協議の慎重さを担保する仕組みと考えられる。
 なお、他自治体の類似条例と比べ、説明会開催の義務付けが、本条例の特色となっている。説明会の成果が、規制対象施設に係る認定に連動していると少し問題となると解されるが、説明会開催という手続を加重することは、不合理ではないと思われる。
② 地下水保全条例
 水道水源保護条例が協議対象・規制対象施設の設置予定者の営業の自由に対する規制であったのに対して、地下水保全条例は井戸所有者の財産権(地下水)規制に関わるものとなる。
 本条例は、一定規模以上の井戸の掘削に関して許可制度を採用している。許可制度をとることは、他の財産権規制の許可制もあることなので、直ちに合理性を欠くことにはならないと思われる。ただし、条例の目的達成という点から、許可の基準が不必要に厳格であったり(つまり著しく許可が難しい基準であったり)、違反者に対する罰則・制裁が著しく厳しいものであったりするときは、問題となる。
 本条例については、許可対象について一般家庭用ポンプを超える井戸を想定するなど、条例の目的(地下水枯渇・地盤沈下防止)に必要な限度での規制(許可制)が志向されている。また、同様の井戸の許可制に関し、無許可地下水採取等について最大1年以下の懲役刑が法定されている工業用水法(同法28条)と比べ、本条例の無許可に関わる行政罰は、同法より軽い。このように、規制水準の国法準拠性(19)についても、認められるものと思われる(20)
 本条例についても、説明会開催義務付けが特色とされるが、これについても水道水源保護条例と同様に、合理性が認められると思われる。

(3)判断過程合理性
 本件2条例の制定過程・手続において、特定利害関係者の意見を考慮したとか、特定の施設建設に対する立地阻止のために条例を制定したといった、判断過程における不合理性は、筆者には見当たらない。
 ただ、条例制定手続面では、条例準備期間が約6か月間と短期であることや、庁内検討に時間を要したことから、住民参加が、条例案検討の最終局面に限られている印象がないわけではない。だが、罰則があるような、実効力ある規制的条例について、最初の段階から時間をかけて住民の参画を図ることは、条例制定の地域的事情(観光開発の動きがあった)を考慮すれば、難しかったと思われる。

(4)形式的(法制執務的)合理性
 本件2条例における規制対象施設の認定基準、井戸掘削許可の基準は、いずれもやや定性的な基準にとどまっている。これは、協議対象施設や井戸の場所によって影響が異なり、個別具体に判断することが必要となるためである(21)。そこで、町長の恣意を防ぐために、両条例とも、審議会の意見を聴くこととしている。ほかに、井戸掘削許可に要する事務手続期間につき上限(最長期)を定めることも、町長による恣意や濫用を防止することにつながるものと思われる。
 ところで、本件2条例が規制的内容のものであることから、規制内容の大本となるような事項を規則等に委任することは、仮に条例に委任の根拠規定を置いても、適切ではない。この点につき、本件2条例の施行規則は、協議書に添付する図面等の規定を除けば、町側が発する通知等の様式を定めるにとどまる。本来条例事項とすべきものを不当に規則に委任しているとはいえないと思われる。

(5)非法令抵触性
 次に、本件2条例の法律・政省令との抵触についてである。
 まず、水道水源保護条例については、各協議対象施設の建設や設置に係る法律(建築基準法、廃棄物処理法(22)など)との抵触が問題となる。これについては、同じ立地規制型の条例の適法性が問われた前記・紀伊長島町条例事件最高裁判決が、当該条例が廃棄物処理法との関連で違法でないことを前提にしてその運用を問題視している(23)。ニセコ町の条例については、規制対象施設の種類が多く、廃棄物処理法以外の法律の抵触も検討対象となる。条例の目的と法律のそれが異なる場合の、条例による法律の目的阻害性が、検討事項となろう。もっとも、各法律の仕組みが、当該法律とは目的を異にする条例の目的をも達成するほど完璧な内容である場合というのは、あったとしても、極めてまれと思われる。条例不備により生じる地域の深刻な問題につき、他の目的で制定した法律がこれを放置する趣旨だと解することには、特にその問題が住民の生命身体健康に関わるものであるときは、難しいと思われる。結局、ニセコ町の水道水源保護条例についても、法令との抵触は心配しなくてよいであろう。
 次に地下水保全条例についてである。地下水の水量保全に関しては、先にも挙げた工業用水法と、建築物用地下水の採取の規制に関する法律がある。両法律の対象以外の地域等について、各法律がこれを放置することを趣旨としていれば、本条例が法律と抵触する可能性を有する。だが、両法律が、法律による規制対象範囲外で地下水を採取しても、その枯渇や地盤沈下は生じないという客観的又は科学的な事実は、存しないと思われる。両法律の趣旨は、地域が合理的な地下水採取規制を許さないというものではないと考えられる(24)。その点で、地下水保全条例についても、(必要性・合理性の要件を満たせば)法令との抵触を憂慮しなくてよいと考えられる。

この記事の著者

議員 NAVI

今日は何の日?

2025年 616

新潟地震(震度6)起こる(昭和39年)

式辞あいさつに役立つ 出来事カレンダーはログイン後

議員NAVIお申込み

コンデス案内ページ

Q&Aでわかる 公職選挙法との付き合い方 好評発売中!

〔第3次改訂版〕地方選挙実践マニュアル 好評発売中!

自治体議員活動総覧

全国地方自治体リンク47

ページTOPへ戻る