5 地方議会によるマイナンバー法における正しい手段の回復
マイナンバー法が施行された今からでも、同法の施行に欠けている正しい手段を回復し、自治体における個人情報保護・利用の原則を守らなければならない。それができるのは、唯一、地方議会だけである。庁内連携を実施するためには、新規の条例制定又は個人情報保護条例の改正が必要だからだ。マイナンバー法の庁内連携は、同法だけでは実施できず条例の制定が必要な仕組みになっているのである(同法9条2項)。
法律の施行に伴う条例の制定・改正といえば、今までは、省庁から示されたひな型どおりに全国一律の作業を行うだけで、条例案について、議会で積極的に議論することはほとんどなかったと思われる(例:地方税法の改正に伴う税条例の改正)。しかし、今回のマイナンバー法の制定に伴う法施行条例の制定等はそうではない。地方議会としては、「ひな型改正案」を形式的に承認するだけではすまない、「マイナンバー法による庁内連携制度の導入において正しい手段を回復し、個人情報保護・利用の原則を守る」という今までの法施行条例の審議にはなかった役割が用意されているのである。
いうまでもなく、条例は自治体の法である。決めるのは地方議会である。独自の政策条例を制定するだけではなく、法律における正しい手段の不足を条例が、また、条例を最終的に決定できる地方議会が補い得ることを示さねばならない(その好機と捉えることもできる)。
具体的には、12月議会に提案されるマイナンバー法9条2項が要求している庁内連携の根拠条例の中で「これは目的外利用である」旨を規定することが考えられる(修正例参照)。長が示す原案には、庁内連携の項目やパターン(所得情報→福祉給付金事務に利用)だけが規定され、当該パターンが「目的外利用に当たる」という規定はないだろう。国の考え方に従っているからだ。修正案を提出した場合の執行機関の反応としては、担当部局の法務能力やマイナンバー法への理解のレベルに応じて、以下のようなものが予想される。
質問・修正案提案理由(案)
「マイナンバー法9条2項の庁内連携によって、各種申請の際に添付書類が不要になるなど、行政の効率化と住民の利便が図られることは理解している。ご提案の条例案における庁内連携の内容については適当であると考える。しかし、個人情報は、あくまで本人から取得した際に示した目的に従って利用することが原則であり、マイナンバー制度においてもこの原則を維持しなければ住民の権利の保護は図れない。
国からの通知等においては、庁内連携は個人番号の利用であり、目的内の利用として取り扱うことができるとされていることは、承知している。しかし、マイナンバー法の執行者は、国ではなく本市である。法を施行するための条例には、当然、本市の事情や考え方を反映できること、また、反映しなければならないことはいうまでもない。本市においては、平成○○年の個人情報保護条例の制定以来、「本人取得」と「取得時の目的に従った個人情報の利用」という個人情報保護の理念と原則の下、適正な住民の個人情報の保護と利用が図られてきたところである。この理念等はマイナンバー法の施行においても維持されなければならない。
ついては、本市における個人情報保護の理念・原則の維持とマイナンバー法の施行による行政手続の簡素化とを両立するため、庁内連携は目的外利用である旨、条例案に規定すべきである。」
予想される担当部局の反応等
① そもそも、マイナンバー法や個人情報保護条例を十分に理解していないことが明らかになる(前提の欠如)。
② 指摘の意味(個人情報保護条例における「目的外利用」とマイナンバー法の「目的外利用」の意味や内容が違うこと)が理解できない(能力の欠如)。
③ 自分の見解は示さず(示せず)に「(とにかく)国がそれでよいといっている。だから問題ない」あるいは「国の通知どおりにしないと支障が出る」を繰り返す(主体性の欠如)。
④ 「疑問はあるが実務上は国のとおりでよい(余計な手間はかけたくない)」(向上心の欠如)
⑤ 「ご指摘を踏まえ検討したい」(期待される反応)
条例案の修正といっても、難しい条文作成などの作業を伴うものではない。提出された条例案に「庁内連携は、目的外利用(である)」という意味の規定を盛り込むだけである(修正例)。それだけで、住民の権利を守り、マイナンバー法がもたらす利便を確保し、さらには、議会の存在意義を国、執行機関、そして、住民に示すことができる。「費用対効果」は極めて大きい(法律や条例の審議について苦手意識を持っている議員が仮に存在するとしたら、彼が「費用対効果」を生かして、それを克服するきっかけにもなるだろう)。
地方議会による正しい手段の回復
条例の修正により、「庁内連携は、目的外利用(である)」の規定を盛り込むことで、マイナンバー法の制定において失われた正しい手段を回復し、住民の権利を守るとともにマイナンバー法がもたらす利便を確保することができる。