地方自治と議会の今をつかむ、明日につながる

議員NAVI:議員のためのウェブマガジン

『議員NAVI』とは?

検索

立法事実から見た条例づくり

2015.05.11 政策研究

滋賀県流域治水の推進に関する条例─河川整備が先か条例が先か─

LINEで送る

6 条例の立法事実の検討

 本条例において法的効力を伴うのは、「とどめる」対策の、浸水警戒区域における建築規制と市街化区域への編入制限であり、これらが制定過程で争点になったわけである。立法事実の検討においても、これらを中心に見ていくことにする。

(1)条例の必要性
ア 住民意識と河川整備のギャップ
 本条例は、浸水警戒区域想定地の住民とその市町から強い反対があり、ダム政策の賛否論も関わって、2回も継続審議扱いとされるなど、賛否をめぐって、県議会の内外において激しい議論が戦わされた。その議論の背景には、立法事実の要素でもある住民意識がある。この住民意識を見極めるために、公募委員による検討委員会の部会も組織され、その提言を受けたり、パブリックコメントも実施された。これらの手続においては、賛成意見が圧倒的に多かった。一方で、反対意見は、市町意見や県議会での質問を通して表明された。反対意見は、知事当局が河川整備にしっかり取り組めば、本条例の必要性はないというものである。パブリックコメントを除いて、賛否の意見は、いずれもバイアスがかかっていることの否定はできないと思われる。
 ところが、住民意識の根底にはもっと大きなバイアスがかかっている。近代土木技術に支えられ、洪水を封じ込めることを目標とする河川政策が進む中で、また被害に遭遇することを想定したくないとする心理が働く中で、水害をゼロにすることを当然視する上に乗っかっていることである。しかし、河川法に基づく河川整備計画で定めた流量の洪水を防ぐことまでが河川管理者の責任であり、その流量を超える洪水は法的責任の範囲外であって、住民意識は、問うことのできない責任を行政に期待しているといってよい(7)
 滋賀県は、限られた予算の中で「10年に1回の大雨で想定される洪水を河道内で安全に流下させること」を目標として、河川整備を行ってきたのであり、2010年には、河川法に基づく「滋賀県の河川整備方針」を策定し、流域面積の規模に応じた河川ごとの洪水防御計画を立てる一方で、「中長期整備計画実施河川の検討」を行って、河川整備の優先度のランク分けを行い、当面の間(おおむね20年間)の整備計画も策定している(8)。河川整備は、そうした先の長い話であり、しかも100年や200年に1回の大雨に対処するのは、はるかに先の話になる。住民意識と河川整備との間には大きなギャップがある。
 本条例の目的は、そうした河川整備計画を超える想定外のどんな洪水に対しても、人命を守り、人々の生活再建が困難となるような被害を避けることである。知事当局は、本条例の成立のために、水害をゼロにできない現実と住民意識とのギャップを埋めるために、住民説明会を重ねたほか、市町へも県議会でも説明に努めてきた。そうした努力を支えてきたのが「地先の安全度マップ」である。
イ 「地先の安全度マップ」による実証
 地先の安全度マップは、2012年度の土木学会関西支部の新しい技術の部門賞の技術賞を受賞するなど、科学的にも優れたものとして評価されている。本条例による建築規制や土地利用規制の必要性や合理性は、このマップの信頼性に裏付けられている。このマップは、条例上も、検証を行い、5年ごとに見直すものとされ、実証性を高めるように求められている。
 もちろん条例成立前ではあるが、2013年の台風18号による大雨についても検証がなされ、いくつかの地点で精度の高さが確認され、全体的におおよそ合致していると評価された。写真1は、大きな河川である安曇川の中流域にある高島市朽木地域での農地の浸水が1メートル程度であったことを示すものである。この地域の最大時間雨量は41ミリメートル、最大日雨量は255ミリメートルであったことから、10年に1回の大雨に匹敵するところ、図2のマップでも1メートルから2メートルの浸水を表しており、合致していた。流域治水政策室では、本条例の必要性は裏付けられたとみている。

写真1写真1

図2 地先の安全度マップ図2 地先の安全度マップ

ウ 200年に1回の確率の現実性
 浸水警戒区域が3メートル以上浸水する確率は200年に1回であるというが、そのような低い確率でもって建築規制まで行う必要性があるかという点も、市町意見や県議会で議論となった。知事当局がいうには、下流の淀川本川の計画規模と同等の200年確率を用いており、今後30年間に起きる確率でいえば14%であり、建築基準において耐震設計が義務付けられている地震の確率と比べても、それほどまれな頻度とはいえないとしている。検討委員会の学識者部会でも、200年の間にいつか発生するという漠然とした危険ではなく、安全度マップによる科学的なデータに基づく確率であり、現在そういう危険があるという意味に理解しなければならないとしている。
 200年に1回の大雨の雨量は、時間雨量で131ミリメートル、24時間雨量で634ミリメートルであるが、2013年7月に山口県を襲った集中豪雨の時間雨量は山口市で143ミリメートル、萩市で138.5ミリメートルを記録しており、すでに現実めいたものとなっている。

(2)条例内容の合理性
ア 浸水警戒区域における建築規制の合理性
 浸水警戒区域内における建築物の建築の許可の基準は、3メートル以上の浸水深の浸水が起きたとしても、最低限、想定水位以上の高さの避難空間に避難することができ、人命を守ることができればよいという考え方をとっている。想定浸水深が3メートル以上というのは、通常の木造家屋の2階の床面の高さが地盤面から3メートルの高さにあることから、2階建ての住宅であれば建築が可能であり、それほど厳しい規制ではない。かさ上げが必要な場合でも、1メートル程度ですむとみられ、可能な範囲内の規制であると考えられている。なお、2階の床面が3メートル以上の想定水位以上の高さであっても、木造の場合は地盤面と想定水位との高低差が3メートル以上となるときは浮力の関係で危険な状態となることから、その高低差は3メートル未満であることとされている。図3はこの規制内容を示している。写真2は、浸水警戒区域想定地が1959年の伊勢湾台風によって水没したときの状況を写したものであり、2階建ての家屋であれば人命が助かることを示している。

図3 本条例における建築規制図3 本条例における建築規制

写真2写真2

 また、建築物の構造と関わりなく、付近に想定水位以上の高さの避難場所があればよいとし、この避難場所は個人レベルのものでも集落レベルのものでもよく、様々な対応が可能とされ、「そなえる」対策としての集落や隣近所の地域ぐるみの避難対策とセットで考えられるようになっている。
 こうしたかさ上げや避難場所の設置に対しては、県は補助金を交付することとしており、住民の負担軽減も考慮されている。
 この建築規制は、既存の建築物に及ぶものではなく、新築や改築に当たって適用されるものである。もちろん全面的な建築禁止ではない。総じて、地域住民の理解が得られるように、緩やかな規制であることが意図されており、規制の合理性の観点からは問題はないと解されている。
イ 市街化区域への編入制限の合理性
 霞堤の自然遊水地が宅地開発された住宅地で、2013年の台風18号の大雨により1.5メートル浸水し、一帯がプールのような状態になったところがあった。浸水の危険性が現実のものとなったわけである。こうした床上浸水の危険のある地域は、宅地開発されないように市街化区域に編入させないことがごく当たり前である。幸い、地先の安全度マップによれば、滋賀県内ではそうした危険性のある箇所は、大半が市街化調整区域や農業振興地域の整備に関する法律の農用地区域になっており、その状態に維持するよう制限をかけるわけであり、知事当局は影響は小さいと考えている。すでに市街化区域になっているところを市街化調整区域に戻す、いわゆる逆線引きは考えていない。
 また、この制限には、被害の発生を防止するための対策が講じられる場合等はこの限りでないとするただし書があり、都市計画の行政部門に対し、地先の安全度マップを機械的・画一的に適用するのではなく、実情に応じたきめ細やかな判断をするよう求め、その判断の合理性を確保している。

(3)非法令抵触性
 浸水警戒区域における建築規制は、建築基準法の災害危険区域の法制度を、市街化区域への編入制限は、都市計画法の区域区分の法制度を、それぞれ活用するものであり、そういう意味では、いずれも法令に抵触することはない。といっても、建築規制の対象の区域指定や規制内容あるいは編入制限区域の設定の具体的内容については、権利侵害の違法性の観点から別途検討されなければならないが、前述の条例内容の合理性のところで見たように、その内容は慎重に検討され、過度の規制や制限をすることはなく、比例原則にもかなっている。むしろ緩やかすぎるというきらいがある。
 敷えんすれば、宅地建物取引業者に求める想定浸水深等の情報提供についても、宅地建物取引業法が土砂災害警戒区域等の情報について重要事項説明の義務を課しているように、本条例でも努力義務ではなく義務としてもよかったのではないか。こうした緩やかな規定の背後には、滋賀県庁の法務の考え方が憲法94条の「法律の範囲内で」や地方自治法14条1項の「法令に違反しない限りにおいて」という文言に過度に神経質になっていることがうかがわれる。
 もう少し踏み込んで、都市地域、農業地域、森林地域とバラバラに組み立てられている日本の国土形成の法体系を、流域治水の観点から統合するといった観点に立って、農業地域も森林地域も含めて、開発行為に対して調整池の設置を義務付けるなど、独自の規制を盛り込むことも考えられたのではないかと思われる。

この記事の著者

議員 NAVI

今日は何の日?

2024年1010

日本銀行開業(明治15年)

式辞あいさつに役立つ 出来事カレンダーはログイン後

議員NAVIお申込み

コンデス案内ページ

Q&Aでわかる 公職選挙法との付き合い方 好評発売中!

〔第3次改訂版〕地方選挙実践マニュアル 好評発売中!

自治体議員活動総覧

全国地方自治体リンク47

ページTOPへ戻る