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立法事実から見た条例づくり

2015.05.11 政策研究

滋賀県流域治水の推進に関する条例─河川整備が先か条例が先か─

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3 条例制定過程

(1)琵琶湖周辺の水文化の研究者の知事が誕生
 本条例の制定は、2006年7月、滋賀県琵琶湖研究所の研究員として長年琵琶湖周辺の人々の「水の生活文化」を研究してきた、環境社会学者である、嘉田由紀子知事が誕生したことから始まる。長年のフィールドワークにより県民の水害経験や県内河川の状況を熟知していた嘉田氏は、流域治水の考え方を滋賀県の治水政策に導入することを提唱し、知事選のマニフェストでは、ダム建設など公共事業によって琵琶湖の環境を壊したら「もったいない」と訴えて当選した。嘉田氏の当選を受けて、すぐさま同年9月、県庁土木交通部に流域治水政策室が設置された。同室は、直ちに「流域治水基本方針」の策定に向けて動き出すことになる。

(2)市町を巻き込んだ検討委員会の部会構成
 流域治水基本方針の策定に向けては、流域治水検討委員会が設置されるが、議論が進む中で4つの部会構成となっていく。2006年10月、県庁関係各課からなる流域治水推進部会が招集されるが、縦割組織的・責任回避的議論が相次ぎ、県内市町の理解がなくては進まないということになり、県内市町で構成する流域治水検討委員会(行政部会)を組織することとなる。その行政部会は2007年8月、第1回会議が開催されるが、ここでも総論賛成だが、各論となると住民の理解が得られるか、学識的・法理論的な面から問題はないのかという議論に終始することになり、それではと住民会議と学識者部会が設置されることとなった。
 公募委員10人からなる住民会議は、2008年2月から8回の会議を開催し、同年12月には、「水害から命を守る地域づくり」と題し、「水害は必ず起こるという覚悟をもって、安全な避難ができる地域づくり、防災組織が元気な地域づくり、先人の知恵と新しい情報を共有できる地域づくりを目指します」というスローガンを掲げた提言書をまとめ上げた。防災や行政法の学者からなる学識者部会も、2009年7月から10回の会議を開催し、2010年5月に、①「地先の安全度」の評価、②「地先の安全度」に関する情報の開示・共有、③水害リスクを考慮した土地利用・建築に関する法制度の活用、④水害に強い地域づくり協議会の設置、水害に強い地域づくりの計画の策定・実施、⑤「地先の安全度」を活用した氾濫原減災対策等の効果検証、の5つの重点施策からなる提言書をまとめた。
 住民会議と学識者部会の提言を受け、事務局である流域治水政策室が中心となって、「流域治水」の定義を「どのような洪水にあっても、①人命が失われることを避け(最優先)、②生活再建が困難となる被害を避けることを目的として、自助・共助・公助が一体となって、川の中の対策に加えて川の外の対策を、総合的に進めて行く治水」とし、ながす対策、ためる対策、とどめる対策、そなえる対策の4つを柱とする「流域治水基本方針」の案を作成し、パブリックコメントを経た後、行政部会と推進部会に順次フィードバックさせ、案を確定させた。基本方針の中で、基本方針を実効あるものとするために、条例を制定することも盛り込まれた。「流域治水基本方針」は2012年3月、滋賀県議会の議決を経て、策定された(5)

(3)「地先の安全度マップ」の作成と公表
 流域治水対策の基礎情報となるのが「地先の安全度マップ」である。住民にとって浸水からの安全とは、個々の河川施設の安全だけでなく、その生活の場である流域の各地点の安全でなければならない。水防法に基づく浸水想定区域図は、50年又は100年に1回の大雨で主要な河川が氾濫した場合の浸水想定を表すが、実際に大雨が降ったときは、大きな河川が氾濫する前に身近な水路があふれ浸水被害が起きる蓋然性の方が高い。大きな河川からあふれる洪水だけでなく、その地域に降った雨による身近な水路からの溢水も併せて、各地点の安全度をシミュレーションして実現象に近い予測をするのでなければ意味がない。

図1 地先の安全度マップ図1 地先の安全度マップ

 流域治水政策室では、こうした観点から、流域治水基本方針の策定に先行しつつ同時並行的に「地先の安全度マップ」の作成に取り組んだ。このマップは、コンピュータ上で、流域全体の広い範囲における土地の地盤面の高さを、その地形に沿って、市街地や田んぼの分布の状況も重ね合わせて、緻密に再現し、その全域に10年に1回とか100年に1回とかの大雨を降らせて、各地点がどのように浸水するかを描き出したものである。地盤面の高さは、国土交通省近畿地方整備局が2006年に行った航空レーザ測量を基に、国土地理院の数値地図50メートルメッシュなどを用いて再現するとともに、樹木の繁茂状況や河道断面の詳細は職員が現場を実地に歩いて測量したり、浸水の実際の状況を現地で尋ねたりするという労作業により作成したものである。このマップでは、滋賀県全域について建物1軒1軒の地点の、10年、30年、50年、100年、200年のそれぞれの年数に1回の大雨で、家屋流出、家屋水没、床上浸水の被害を受けるかどうかの予測が分かるようになっている。図1は一例である。200年に1回の大雨で3メートルの浸水が予測され人命に危険を及ぼす区域は、8市町にあり、その区域には住宅が約1,000戸ある。
 本条例は、このマップを基礎情報として、こうした人命に危険を及ぼす区域を建築規制対象として想定していくこととなる。マップは、一部の市が住民の不安をあおるものであるとして拒否する一幕もあり、説得に時間を要したが、2013年8月県内全域について公表された。

(4)市町意見照会とパブリックコメント
 地先の安全度マップによる浸水被害想定をよりどころにして罰則付きの建築規制を盛り込み、流域治水基本方針の実効性を確保するための本条例案は、2013年7月9日から県内市町へ意見照会を行うとともに、同月19日から8月18日までの間、パブリックコメントにかけられた。
 市町意見は全19市町のうち13市町から93件寄せられた。建築規制対象となる浸水警戒区域の指定想定地を抱える市町の一部からの、河川整備が進まないことを叱責し建築規制に強く反発する意見が目立った。一方、県民の意見は17人から36件寄せられた。河川整備が進まないことを理由として反対する意見もごく一部にはあったものの、近年の豪雨災害を引き合いに出して、流域治水の考え方に賛同する意見が大半を占めた。本条例案は、これらの手続によって修正されることはなかった。

(5)本条例案の継続審議扱いと修正再提出
 そうして本条例案は2013年9月県議会に提出された。しかし、いわゆる知事与党が少数派である県議会の構成も手伝って、強く反発する市町の意見に引きずられる形で、「何の落ち度もない住民に規制や罰則をかけることに理解が得られているのか」という質問に象徴されるような意見が強くなっていく。政策・土木交通常任委員会において浸水警戒区域想定地の住民の参考人意見の聴取を終えた後、①規制対象区域の住民に対する本条例案の説明が不十分である、②河川整備の進捗に関する詳細な計画がない、③罰則規定の見直しが必要である、との理由により、本条例案は継続審議となった。
 これを受け、流域治水政策室では、浸水警戒区域想定地の全ての自治会を延べ16回訪問して説明会を開催した。そんな中、2013年11月県議会では、知事側は「罰則は当分の間適用しない」とする譲歩案を内々に示したが、ここでも継続審議となった。流域治水政策室はさらに再度の説明会を続けていくことになる。この間、2014年1月には「流域治水条例浸水危険区域想定住民会議」(2014年2月の修正再提案まで「浸水警戒区域」の語は「浸水危険区域」の語を用いていた)から、本条例は、県の河川管理者の責任を住民に転嫁するものであり、反対である旨の要望書も提出されている。
 本条例の成立に何としてもこぎ着けたい知事側は、2014年2月県議会では、本条例案をいったん撤回し、河川整備の重要性を示すとして「洪水調整の機能を有する施設(ダム等を含む。)の設置等の対策」の文言を入れるなどの修正を行い再提出し、事態の打開を図ることとした。これにより、本条例案は同年3月24日、賛成多数で可決された。

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