5 条例の立法事実の検討
本条例の命令は、実効性確保手段を欠いているが、前提となる「規制」が行為規範として、事実上の拘束力あるものとして機能している以上、合憲性、合法性を検討する意義はあるように思われる。そこで、以下、法の一般原則である「比例原則」の検討を適宜行いながら論を進める。
比例原則の内容として、一般的に、目的の正当性を前提にした上で、手段が、①目的と適合的であり(適合性の原則)、②目的達成のために必要であり(必要性の原則)、かつ、③目的と均衡するものでなければならない(狭義の比例原則)が挙げられる⑺。具体的には、①手段の適合性は、その手段が規制目的の実現を促進する場合に肯定され、②手段の必要性は、基本的人権を侵害しない他の同等に有効な手段がない場合(最小限度の侵害の原則)に肯定され、③狭義の比例原則は、制限により得られる利益と失われる利益が均衡している場合に肯定される⑻。
(1)条例の必要性
ここでは、規制が「安全で快適な逗子海水浴場の確保に資する」という立法目的のために適合的であるか(適合性の原則)、すなわち、その手段により規制目的の実現が促進されたといえるのかを検討する。
その前提として、逗子海水浴場の正常化、すなわち「家族連れが来ることができる状況」(第3回まちづくりトークでの市長発言)をつくるという「規制目的」の正当性が問われる。これは、海水浴場を設置している市が住民の合意を得て合理的に決定すべき政策的事項であるように思われる。また、本来、海の家とは、海水浴客の利便のためにあるのだから、更衣所、食堂、売店としての営業が主のはずで、ライブ演奏を行う店やクラブ化した店は、海水浴客のための施設とは認められないと市は認識している。
担当課は、立法目的はおおむね達成されていると考えている。新聞報道⑼はそれを裏付けていると思われる。
また、隣の鎌倉市の松尾崇市長が2014年8月27日の記者会見で、後述するマナー向上条例によっても「風紀の乱れが大幅に改善されたとは捉えていない」との認識を示し、来夏に向けて条例改正を含めた規制の再検討を進めていく考えを明らかにしたと伝えられている⑽。
以上から、本条例によって規制目的の実現が促進されたと評価すべきであろう。
(2)条例内容の合理性
ここでは、本条例(旧条例)制定の積極的な法的根拠論を扱い、非法令抵触性の箇所では、憲法論として消極的側面を検討する。
ア 実体的合理性
逗子海岸は、海岸法(昭和31年法律101号)3条1項の規定により、県知事により海岸保全区域に指定されている。そして、逗子海岸で海水浴場を設置するためには、神奈川県海水浴場等に関する条例9条1項により知事の許可を受けなければならない。
他方、海の家に関しては、組合が知事から海岸法7条1項の占用許可を受け、個々の組合員が設営している。
本条例は、市が海水浴場の設置者として、利用者と事業者に対する行為規制について規定したということになろう。他方、2014年2月24日、市を被告として、逗子海水浴場における音楽の禁止等処分差止請求訴訟を提起した組合は、市に逗子海岸の管理権限がないこと、また、海の家の営業についても市の管理権限が及ばないことから、条例制定行為は無権限であり、違法無効であることを主張している。
本条例・本条例施行規則による規制期間は、海水浴場開設期間中(6月27日から8月31日までの66日間)であり、規制の範囲は、国道134号線渚橋の下を含む逗子海岸全域となっている。本条例は「時と場所」の規制をしていることになる。
イ 判断過程合理性
旧条例から全部改正に至る判断過程では、住民からの苦情の増加、クラブ化禁止を求める約6,000人の請願、昨夏の殺傷事件等を踏まえ、住民参加の中で、ファミリービーチの回復という選択等がなされている。
PCの結果、海の家の営業時間に対しては過半数が反対した。これに対し、市の「実施結果報告」では、「海水浴場の開設時間は17:00までとなっており、海の家本来の目的を前提に、その後における更衣や飲食・休憩時間を考慮し設定しました」とし、原案を維持している。これは、「パブリックコメントは、アンケート調査ないし住民投票に代わるものではないので、賛否の多寡は意見配慮に際しての考慮要素になるものではない」(訴訟における市の答弁書)との見解によるものである。
ウ 形式的合理性
本条例は旧条例の全部改正を行っているが、法制執務的には一部改正でも対応可能な内容といえる。担当課は、「全部改正の方が、全面的にリニューアルしたと印象付けられるため」と説明している。条例番号も変わり、「日本一厳しい」規制をする⑾という市の決意を明らかにすることに加えて、実務的な一部改正方式の煩雑さも背景にあるように思われる。
次に、本条例の条例事項と規則事項の割り振りについて検討する。
利用者への拡声機規制は条例で規制している(5条2項4号)のに対し、事業者に対しては条例で規制しなかった(本条例施行規則5条で規制)のは、来年以降、状況を踏まえた上で毎年見直しをすることを想定しているためである。
4条2項2号は何らかの限定や例示の文言を置くことなく、禁止行為を規則に白紙委任していることになる。そして、本条例施行規則5条は、「楽器、拡声機又は拡声装置(マイクロホン、増幅器及びスピーカーを組み合わせて音又は音声を増幅できるよう構成された装置をいう。)を使用して音又は音声を流すこととする」と規定している。この点については、法制担当からの問題提起はあったとのことである。
本条例は、2014年3月3日に公布・施行されたので、「規制」部分について周知期間はないことになるが、海水浴シーズンの開始が6月27日なので、特段の問題はないと考える。
(3)非法令抵触性
ここでは主に憲法論を取り上げる。
鎌倉市は、2014年6月30日に「鎌倉市海水浴場のマナーの向上に関する条例」を公布・施行した。同条例は、他人を畏怖させる入れ墨の露出、80デシベルを超える音楽、酒に酔って他人に迷惑をかける行為など別表に掲げる9項目を「海水浴場におけるマナーに反する迷惑行為」として掲げ、利用者に対して行わないよう努力義務を課すものである。(作用法的意味で)行政指導の権限(根拠)を規定しておらず、海浜事業者(海の家)、利用者等の責務(努力義務)を宣言するものとなっている。
このような条例に収まった理由のひとつとして、「海の家の営業に対する規制は『営業の自由』との兼ね合い、音楽の禁止や刺青の露出禁止に関しては『表現の自由』との兼ね合いを考慮し、規制目的や規制の合理的理由を精査する必要がある」という同市の顧問弁護士の見解が挙げられる⑿。
本条例には実効性確保手段がなく、直ちに憲法上の論点が生じるわけではないが、以下、表現の自由と営業の自由について、必要性の原則、狭義の比例原則について検討を試みる。
ア 表現の自由
(ⅰ) 必要性の原則
まず、音楽の規制では、音量の「デシベル規制」とダンスといった「営業形態」の規制をすべきであり、一律の音楽禁止は表現の自由を侵害するという批判がある。
これに対し、担当課では、デシベル規制は、神奈川県生活環境の保全等に関する条例によってすでに規制されているものの、波の音やすぐそばを走る国道からの車の音だけで規制値を上回ってしまうため、実際の適用は困難であったとしている。
また、営業形態の規制については、本来の海水浴場(海の家の営業)にリセットすることが目的であったことから、事業者の音楽を全て禁止することとしたとのことである。一方、利用者の音楽については、イヤホンの利用やアコースティック楽器であれば可能であるとして、規制の最小限度性についての配慮をしている。
入れ墨等の規制では、事業者(従業員)については露出禁止、利用者については他の利用者を畏怖させるものを露出禁止としている。このように、来場を禁ずるのではなく、他人を畏怖させるものの露出を禁ずることで、表現の自由に抵触しないよう配慮したとのことである。しかし、その基準を作成することが困難であったため、基本的には入れ墨等が入っている者全員にチラシを配布し、周知を行うとともに隠すようお願いしたとのことである。
(ⅱ) 狭義の比例原則
以上述べたように、本条例の規制は、基本的には、内容中立的な「時、場所、態様」に関する規制ということができる。そして、市が選択した「ファミリービーチ」は、これまで潜在的利用者が敬遠していた「海水浴」をするという法益に奉仕することになる⒀。これは、海水浴シーズン中の海水浴場でしか実現できないものである。
他方、規制される表現の自由は、特定の海水浴場の海水浴シーズン中に限定され、その場合においても、イヤホンの利用やアコースティック楽器の使用は可能である。
狭義の比例原則は肯定されよう。
イ 営業の自由
(ⅰ) 必要性の原則
ここでは、営業時間の規制を検討対象とする。組合は、営業時間の短縮と苦情件数は相関していないと主張している⒁。営業時間短縮との因果関係ははっきりしないが、昨夏は48件あった風紀に関する市への苦情は、今夏は0件だったと報道されている⒂。
今夏の検証の上、一律の時間制限ではなく、個々の違反に対する指導という方法を検討することも今後の課題であろう。
(ⅱ) 狭義の比例原則
表現の自由に関し述べたように、営業時間短縮による営業の自由への侵害は、利用者の法益を考慮すると、均衡を失するものではないであろう。