東京大学大学院法学政治学研究科/公共政策大学院教授(都市行政学・自治体行政学) 金井利之
はじめに
前回(第75回=2026年6月25日号)で検討したように、職分・職域・職種など、職業や仕事を中心に民衆の多様性を把握することは可能であるが、これは、職業や仕事があることが暗黙の前提である。しかし、現実には職業や仕事のない人々もいる。有職という観点からすれば、その他、残余の雑多な集まりが、無職である。つまり、人々は、どのような職業であるかでも多様であるが、職業の有無でも多様である。
しかし、職業や仕事で人々の多様性を把握しようとする行政の意図があるならば、無職の人を行政が把握することは困難である。その場合には、できるだけ、無職とされる人々が登場するのを、避けようとするであろう。一つの方策は、「完全雇用政策」あるいは「総動員」、「総活躍」とでもいうべきもので、「国家・社会の担い手」として、多様ではあっても何らかの職業や仕事を、人々に要求することである。「自立助長」、「就労(選択/移行/継続)支援」と称して「就労自立」に追い立てることも、その一種であろう。いまひとつの方策は、無職であっても、何らかの職業に引き付けて位置付けることである。無職も、広い意味では、何らかの職業や仕事とされるわけである。
有職・無職の結合体
無職を有職に引き付けて位置付ける一つの対処方法は、職業や仕事を持つ人に、無職者を結合させる方法である。この場合には、無職としての多様性は否定され、何らかの職業に従属的に結合される。例えば、家族で自営業に従事している場合には、両親や祖父母で営んでいれば、全員が自営業──例えば、飲食業──という仕事に従事していることになる。しかし、子どもは、通常は──かつては、子どもに自営業を手伝わせることも多かったかもしれないが──、自営業の手伝いをしていないから、無職である。また、祖父母が引退・隠居していて無職になることもあろう。あるいは、母親は実質的には飲食業に従事していないで、家事をしているかもしれない。個人に着目すれば、それぞれの有職・無職や職種の状況は多様である。しかし、全体として家族内の有職者の職業に引き寄せて、一様に理解するわけである。
もともと、職分という発想は、同時に家業・家職であり、イエという共同体の職業であって、個々人の有職・無職を問わなかったからである。いわば、家職の中の家族構成員がそれぞれに仕事や役割が異なっていても、同一の家職の中での分業というわけである。
有職・無職の結合体の典型は、男性稼ぎ主型モデルのサラリーマン(勤め人、会社員、被用者、賃労働者、給与所得者、などいろいろの名称がある)の家族である。夫=父親がサラリーマンとして、何らかの職域・職種に従事しているとしても、妻=母親や子どもは、夫=父親と同じ職域・職種で仕事をしているわけではない。しかし、家庭・家族・世帯として、夫=父親の職業に引き付けられて把握される。いわゆる、サラリーマン世帯という把握方法である。単身稼得(稼ぎ主)なので、サラリーマンは夫=父親一人であって、残りの妻=母親や子どもはサラリーマンではない。
このように、無職者を有職者と結合させて、有職者の職域・職種に注目することで、こうした結合体単位間の多様性を把握することになる。つまり、サラリーマン世帯や自営飲食業世帯などという多様性である。これは、家族や世帯などで、ある程度の経済生活が同一であるから、一体として把握できると考えているからである。あるいは、生計が同一であるだけでなく、一定の生活様式や文化が共有される一様な集団と想像されるからである。つまり、自営業の家庭とサラリーマンの家庭では、必ずしも同じような生活様式や経済活動をしないからである。
もっとも、同一の家庭や世帯の中で、複数の人間が有職者である場合には、職域・職種での多様性は、家庭や世帯の中にも及んでしまう。両親が違う職域・職種・職場で働く共働きや、年寄りが生涯現役を続けるときには、家族・家庭で職業は一様ではない。もっとも、そもそも、職業での把握で困るのは、無職者の把握についての場合であって、有職者はそれぞれの職域・職種で把握すればよい。かつて、「三ちゃん農業」などといわれたのは、家庭内で、「じいちゃん・ばあちゃん・かあちゃん」が農業を行い、「とおちゃん」は勤め人として会社勤務をしていたりするからである。家庭としては複業的・兼業的であるが、個人としては、それぞれに職域・職種が多様である。しかし、職業での多様性の把握が、家職としてイエ単位を想定していた場合には、うまく把握できないことになる。むしろ、家庭や世帯の中で、単一の職域・職種のこともあれば、複数の職域・職種が混在していることもあるというように、多様ということである。
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