東京大学大学院法学政治学研究科/公共政策大学院教授(都市行政学・自治体行政学) 金井利之
はじめに
前回(第74回=2026年5月25日号)で触れたように、自治体の多様性の一つは経済状態である。では、経済状態はどのように生じるのかといえば、相続や贈与・寄附・拾得などによらなければ、何らかの稼得によることが普通であろう(1)。「働かざる者、食うべからず」とは、規範的には勤労道徳を意味するが、事実的・実態的にも、働かなければ食っていくことができない(普通は、養ってくれる人がいない)という厳しい現実を表現しているだけである。そのために、無産の人々は、何らかの稼得の活動を行うことに追い込まれがちである。これが、勤労であり、就労自立であり、職業であり、仕事である。職は食である。仕事の結果として多様な経済状態に陥るが、そもそも稼得手段としての職それ自体が多様である。
近世職分国家の残滓(ざんし)?
人々を職の観点から仕分けるのは、実は伝統的な近世・近代日本社会の編成原理でもある(2)。それは「職分国家」とされることがある(3)。そのほかにも、伝統的な社会原理は、家(イエ)制度・家父長制や身分制度などが挙げられ、職や職分とは一致しない可能性もある。
しかし、職分は「家職」「家業」(業務)・「家督」「家産」(資産)・「家長」(最高経営者・当主)・「家名」(名称)というように、家(イエ)が職業団体として事業体経営されれば、家(イエ)制度原理と職分原理は矛盾しない(4)。しばしば、今日の自治体・地域社会においても、「○○屋」などという名称で、家及び家の構成員が識別されることがある。これは、家であるとともに、職業・業態を表したりしている。さらにいえば、「○○屋××右衛門」のように、襲名される当主の職名を指していることがあり、具体的な個人を識別するには、「第○代」と付けなければならない。
また、身分制度は、身分と職が結合していれば、つまり、職業選択の自由がなく、生まれながらにして、又は、養子・婚姻等の家族関係を介した身分転換をすることで、職業が決まるのであれば、身分原理と職分原理は矛盾しない。それは、「士農工商」とも、「武士・百姓・町人」という身分とも表現されるが、いずれも身分は、同時に職分でもあった。
(1) 窃盗・詐欺・強盗・(薬物などの)密売・闇バイト・殺人請負など犯罪的収益も「お勤め」や「しのぎ」であるならば、稼得の一種となり得る。仮に、これらを職であると認めないならば、職の認定の線引きには、一種の規範性・適法性・道徳性が作用していよう。
(2) なお、平安時代から太閤検地までの中世には、「職(しき)の体系」という、土地支配上の職務が重層した支配関係があったとされる。似鳥雄一『税と権力──中世人はどうして税を払うのか』(早稲田新書、2025年)、永原慶二『新装版 日本封建社会論』(東京大学出版会、2001年)。
(3) 石井紫郎『日本国制史研究Ⅱ 日本人の国家生活』(東京大学出版会、1986年)、正田健一郎「日本近代と職分観」国民経済雑誌152巻5号(1985年)、川口浩「江戸期の職分論と維新期の職分論」中京大学経済学論叢2号(1989年)、同『江戸時代の経済思想──「経済主体」の生成』(勁草書房、1992年)、種村剛「近代以前の日本の責任──『職分としての責任』についての考察」(中央大学文学部)紀要社会学・社会情報学23号(2013年)。「職分」は「職」と「分」であり、「職」のみではない。「職」とは社会的に必要とされる仕事であり、「分」とは人間関係の中での役割の位置付けであり、両者が「職分」として結合することで、人々がそれぞれに与えられた職を遂行することで分を果たすという世界観である。社会観ではないのは、国家の統治の職分も民間社会の経済活動の職分も、全体として包括しているからであるが、その意味では、国家観とだけ表現するのも誤解を招くかもしれない。
(4) 「家職国家」とも呼ばれる。渡辺浩『日本政治思想史──17~19世紀』(東京大学出版会、2010年)、苅部直「『国家』像の変遷」苅部直=黒住真=佐藤弘夫=末木文美士(編集委員)『岩波講座 日本の思想6 秩序と規範「国家」のなりたち』(岩波書店、2013年)。
つづきは、ログイン後に
『議員NAVI』は会員制サービスです。おためし記事の続きはログインしてご覧ください。記事やサイト内のすべてのサービスを利用するためには、会員登録(有料)が必要となります。くわしいご案内は、下記の"『議員NAVI』サービスの詳細を見る"をご覧ください。
