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2024.08.26 政策研究

第14回 インフラ整備のあり方から条例の見直しを考える(宮古島市水道事業給水条例事件)

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弁護士 滝口大志 

「地方自治勉強会」について

 この勉強会では、議員と弁護士とが、裁判例や条例などを題材にして、それぞれの視点からざっくばらんに意見交換をしています。本稿では、勉強会での議論の様子をご覧いただければと思います。発言者については、議員には〔議〕、弁護士には〔弁〕をそれぞれ付しています。  
 なお、勉強会は自由な意見交換の場であり、何らかの会派、党派としての見解を述べるものではありません。

〔今回の勉強会の参加者(五十音順)〕
石田慎吾(品川区議会議員)
磯貝朋和(弁護士・第二東京弁護士会・千代田麹町法律事務所)
内田雅也(弁護士・第一東京弁護士会・法律事務所アルシエン)
尾畠弘典(弁護士・福岡県弁護士会・尾畠・山室法律事務所)
加藤拓磨(中野区議会議員)
上村遥奈(弁護士・第一東京弁護士会・弁護士法人瓜生・糸賀法律事務所)
滝口大志(弁護士・第一東京弁護士会・丸の内仲通り法律事務所)
千葉貴仁(弁護士・第一東京弁護士会・東京リーガルパートナーズ法律事務所)

又吉亮(宜野湾市議会議員)
渡邉健太郎(弁護士・第一東京弁護士会・堀法律事務所)

はじめに

滝口大志〔弁〕 今回は「宮古島市水道事業給水条例事件判決」(最三小判令和4年7月19日民集76巻5号1235頁)を取り上げます。この裁判は、最高裁の判決を経て終結しました。
千葉貴仁〔弁〕 弁護士といえども、最高裁判所での本格的な審理を経験する機会は珍しいものです。私は弁護士経験13年目ですが、そのような経験はまだありません。
滝口〔弁〕 この裁判での原告代理人であった尾畠弘典弁護士に、今回の講師をお願いしました。
尾畠弘典〔弁〕 私は、一審、控訴審、上告審、再戻審で一貫して原告代理人でした。今日はそこでの経験を踏まえてお話しできればと思います。

宮古島市水道事業給水条例事件判決

滝口〔弁〕 事案の概要を教えてください。
尾畠〔弁〕 2018年4月26日午後から同年5月1日未明までの間、沖縄県宮古島市の伊良部島南部において継続的な断水が発生しました。
滝口〔弁〕 断水によって何が起きたのでしょうか。
尾畠〔弁〕 宮古島市内において宿泊施設などを営む二つの法人で、断水により宿泊キャンセルやレストランの営業ができないなどの営業損害が発生しました。
滝口〔弁〕 この二つの法人は、誰に対してどのような請求をしたのですか。
尾畠〔弁〕 宮古島市内において水道事業を営むのは宮古島市です。そこで、給水契約の不履行責任などを理由として、宮古島市に対して損害賠償の支払を求めました。
滝口〔弁〕 それで、市は請求に応じたのでしょうか。
尾畠〔弁〕 いいえ。市は当初より、水道事業給水条例が定めている免責条項を理由として賠償を拒絶しました。

○宮古島市水道事業給水条例    
 (給水の原則)
第16条 給水は、非常災害、水道施設の損傷、公益上その他やむを得ない事情及び法令又はこの条例の規定による場合のほか、制限又は停止することはない。
2 略
3 第1項の規定による、給水の制限又は停止のため損害を生ずることがあっても、市はその責めを負わない。

渡邉健太郎〔弁〕 この条例をそのとおりに読むと、たとえ断水で損害が発生しても免責されることになりそうです。
尾畠〔弁〕 裁判では紆余(うよ)曲折があったのですが、最終的に、最高裁判所は以下のとおり判断を示しました。要するに、免責条項を定めておけば、どのようなときであっても損害賠償責任が免責されるとは限らないということです。

○令和4年7月19日最高裁第三小法廷判決(抜粋)
 〔本件免責条項は、水道事業者である市が〕水道法15条2項ただし書〔平成30年法律第92号による改正前のもの〕により水道の使用者に対し給水義務を負わない場合において、当該使用者との関係で給水義務の不履行に基づく損害賠償責任を負うものではないことを確認した規定にすぎず、被上告人〔市〕が給水義務を負う場合において、同義務の不履行に基づく損害賠償責任を免除した規定ではないと解するのが相当である。

滝口〔弁〕 では、どのような場合に責任を負うのでしょうか。
尾畠〔弁〕 最高裁判所は、高等裁判所へ審理を差し戻しました。林裁判官の補足意見があり、「正当な理由があってやむを得ない場合」があるかどうかを差戻審で審理の上、市の責任の有無を判断することが示唆されました。

【林裁判官の補足意見】  
 水道法14条1項の供給規程として定められた本件条例16条1項は、給水を停止することができる場合として「非常災害、水道施設の損傷、公益上その他やむを得ない事情」等による場合と定めているところ、本件断水は、本件破損が原因となったものであって、形式的には「水道施設の損傷」による場合に当たるものである。もっとも、同条1項は、水道法15条2項を受けて、常時給水の原則を確認する趣旨で定められたものにすぎず、一定の事情の下における給水義務の存否は、その事情が同項ただし書に定める場合に当たるか否かによって判断されるべきものである。そして、同項は、水道事業者が給水義務を負わない場合を「災害その他正当な理由があってやむを得ない場合」に限定している。原審は、故意・重過失について論じているところであるが、いずれにせよ、本件断水による給水義務の不履行に基づく損害賠償責任の存否を検討するに当たっては、水道施設の損傷につき水道事業者の過失が認められるか否かという問題と給水義務の存否との関連性についても検討する必要があるように思われる。差戻審においては、これらの規定の文言や趣旨を踏まえた上で、被上告人が水道法15条2項ただし書により給水義務を負わないといえるか否かについて慎重に判断する必要がある。

滝口〔弁〕 市は断水に責任を負うことになったのでしょうか。
尾畠〔弁〕 はい。差戻審は、「正当な理由があってやむを得ない場合」ではないとして、市の責任を認める判決を言い渡しました。

○令和5年12月21日差戻審判決(福岡高裁判決)抜粋      
 本件断水は、水道法15条2項ただし書の「災害」によるものではないけれども、本件ボールタップが、配水池、すなわち多くの地区に配水する基幹施設の貯水量を適正に保つ重要な役割を有すること、相当の力を受け、水に濡れる部材があるのに、約40年にわたり取り換えられなかったことなどから、上記ただし書の「その他正当な理由があってやむを得ない場合」に該当するとはいえない。

断水はなぜ起きたか

上村遥奈〔弁〕 そもそも、今回の断水はなぜ起きたのでしょうか。
尾畠〔弁〕 断水の原因は、ボールタップの支柱が破損したことで配水池への流入量が制限されたことにあります。
千葉〔弁〕 トイレの水槽の中に入っている、あれのことですね。ボールタップが壊れることがあるのですね。
尾畠〔弁〕 破損したボールタップは、昭和53年頃に設置されて以降、交換されることなく約40年にわたって使用されていたものです。長年の使用による経年劣化が破損の原因だと思われます。
千葉〔弁〕 老朽化した設備の管理の問題ということですね。

設備の管理はどうあるべきか

加藤拓磨〔議〕 私は議員の前職では、水関係の仕事をしていましたので、水道事業の前提を説明させてください。例えば、東京都の場合、水道管は2万7,000キロという地球の半分の長さがありますが、漏水率は2%程度です。漏水率の低さは世界トップレベルであり、誇るべき技術力です。しかし、その一方で、設備の維持にはコストがかかります。今回の断水のようなケースも起きており、水道料金を上げる口実にもなりかねません。どうやって維持管理していくのか、今日は議論したいところです。
滝口〔弁〕 当たり前の話ですが、インフラの維持管理のためにはコストがかかるかと思います。インフラというのは、100%に近い形で維持管理すべきなのでしょうか。
石田慎吾〔議〕 もちろん、財源は無限ではありません。一定の負担は求めざるをえないとしても、現実的にいうと、メリハリをつけていくことになるのでしょう。
尾畠〔弁〕 予算を含めて限りある資源をどういう形で分配するのか。そこは基本的な考え方だと思います。
滝口〔弁〕 メリハリのある水道施設の維持管理のためには、どのような方法が考えられるでしょうか。
尾畠〔弁〕 水道事業者に対し、アセットマネジメント(資産管理)の手法を取り入れ、水道施設の更新を計画的に行うことが、近年ますます推奨されているものといえます。
滝口〔弁〕 アセットマネジメントの手法では、どのようなことを行うのでしょうか。
尾畠〔弁〕 考え方としては、施設の徹底的なリスト化を行い、施設ごとに重要度をランク付けした上で、それを予算に落とし込んでいく。その中で、徹底的な記録化をしていくということになります。
渡邉〔弁〕 記録化は裁判での立証に役立つでしょう。例えば、点検漏れがあれば、そのことは過失の裏付けになりますね。
尾畠〔弁〕 はい。記録化は裁判になったときには自治体側が立証責任を果たすためにも役立つでしょう。
又吉亮〔議〕 なるほど。記録化しておくことで、自治体側の防衛線を張っておくことにもなるのですね。
千葉〔弁〕 実際のところ、行政に設備点検の記録が残っていないということがあるのですか。
尾畠〔弁〕 残念ながら、実際に見受けられるところです。裁判への備えも大事ですが、平素から行政は市民への説明責任がありますので、やはり記録化はやっておくべきです。
滝口〔弁〕 アセットマネジメントの手法を取り入れるために、何か根拠規定などはあるのでしょうか。
尾畠〔弁〕 厚生労働省は平成21年7月に「水道事業におけるアセットマネジメント(資産管理)に関する手引き」と題する水道事業者向けの手引書を作成・公表しているところです。なお、現在では、水道行政は厚生労働省から国土交通省と環境省に移管されています。
滝口〔弁〕 ほかにはありますか。
尾畠〔弁〕 平成30年法律92号により水道法が改正されて、令和元年10月1日に施行されています。この改正では、水道事業者等に対し、省令の定める基準に従って水道施設の維持及び修繕をしなければならないこと、長期的な観点から水道施設の計画的な更新に努めなければならないことについて、明文の規定が置かれました。
加藤〔議〕 先ほどのアセットマネジメントの話でもありましたが、かつての右肩上がりの社会情勢からだいぶ変わってきています。小学校の建て替えとか、お金がなくて何の根拠もなく耐用年数を延ばしていることもあります。維持管理という考え自体が、行政全体に全くない。こういう裁判例から学んで、アセットマネジメントのようなマインドを行政にも持ってもらいたいと思います。
滝口〔弁〕 行政が先か、司法が先かという話にもなりますが、今回の判例が一つのきっかけになればいいですね。

判例は「他山の石」か

磯貝朋和〔弁〕 今回の判例では、宮古島市が給水義務を負う場合において、給水義務の不履行に基づく損害賠償責任が免除されるのか、水道事業給水条例の有効性が争点になりました。他の自治体では同じような問題は起こりえないのでしょうか。
尾畠〔弁〕 私は起こりうると考えています。例えば、東京都は水道事業を行っており、東京都給水条例を定めています。

○東京都給水条例(抜粋)      
 (給水停止または使用制限)
第20条 管理者は、災害その他やむを得ない場合または公益上必要があると認めた場合は、給水区域の全部または一部につき、給水を停止し、または水道の使用を制限することができる。
2 略      
 (損害の責任阻却)
第21条 前条第1項の給水停止若しくは使用制限または断水により水道使用者に損害が生ずることがあつても、都は、その責任を負わない。

磯貝〔弁〕 これは、宮古島市水道事業給水条例16条1項・3項とほぼ同じ規定ぶりですね。
尾畠〔弁〕 宜野湾市でも水道事業を行っており、水道事業給水条例を定めています。

○宜野湾市水道事業給水条例(抜粋)  
 (給水の原則)
第12条 給水は、非常災害、水道施設の損傷、公益上その他やむを得ない事情及び法令又は、この条例の規定による場合のほか、制限又は停止することはない。
2 略
3 第1項の規定による給水の制限又は停止のため損害を生じることがあっても市は、その責を負わない。

又吉〔議〕 これもほぼ同じ規定ぶりですね。なぜ多くの自治体で同じような条項が採用されているのですか。
尾畠〔弁〕 厚生省の通知が理由と思われます。この通知に添付された標準条例の中には、免責条項があり、多くの自治体がこの免責条項をそのまま引き写しているのでしょう。

○標準給水条例(規程)の送付について(昭和33年11月1日衛水第61号・各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生省水道課長通知)  
 (給水の原則)
第11条 給水は、非常災害、水道施設の損傷、公益上その他やむを得ない事情及び法令又は、この条例の規定による場合のほか、制限又は停止することはない。
2 前項の給水を制限又は停止しようとするときは、その日時及び区域を定めて、その都度これを予告する。ただし、緊急やむを得ない場合は、この限りでない。
3 第1項の規定による、給水の制限又は停止のため損害を生ずることがあつても市(町村)は、その責を負わない。

内田雅也〔弁〕 国からの通知で免責と書いてあったら、地方はそうしますよね。
尾畠〔弁〕 国からすると、標準条例を採用するかどうかは地方に任せているということになるのでしょうが。

条例の見直し

石田〔議〕 国の投げ方と地方の受け取り方を考えないといけないですね。まだまだ従前どおりのままで条例改正がなされてないものがたくさんあるのだと思います。今回の給水条例については、お上の感覚が残っていると感じました。
尾畠〔弁〕 いろいろなハードルがあることは確かです。自治体の行政パーソンの立場からすると、国が示した通知や条例のひな形がないと、議会で通りづらいのです。今回の判例はいいきっかけだったと思います。

おわりに  

 「宮古島市水道事業給水条例事件」は、自治体におけるインフラ整備のあり方の見直しだけにとどまらず、その根本となる条例の見直しにも一石を投じたことが分かりました。議員と弁護士との相互理解がさらに深まることを祈念し、今回の勉強会を終わりにしたいと思います。

滝口大志(弁護士)

この記事の著者

滝口大志(弁護士)

1982年千葉県生まれ 千葉大学法経学部法学科卒業、九州大学法科大学院修了 弁護士登録(第一東京弁護士会)(新第65期) 主な著書に、『建物明渡請求の事件処理80〔第二版〕』(税務経理協会、2021)など。

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