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2018.12.25 政策研究

杉並区狭あい道路の拡幅に関する条例の改正─セットバック後の用地への物件設置に対する条例による取組み─

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名城大学准教授 北見宏介

1 はじめに

 今回取り上げるのは、「杉並区狭あい道路の拡幅に関する条例」(平成28年6月16日条例30号。以下「本条例」という)である。本条例は、すでに存在していた条例を改正する形で成立したものであるが、この改正に関しては、狭あい道路への自治体としての取組みを強化させるものとして、その検討段階から注目を集め、報道もなされてきた。
 以下、背景に存在する法制度と問題の状況を概観した上で、本条例の制定過程と内容についての紹介と若干の検討を加えることにする。

2 条例制定の背景

(1)2項道路と「狭あい道路問題」
 建築基準法(以下「建基法」という)43条では、建築物の敷地が道路に2メートル以上接していなければならないという接道義務を課している。建基法ではこの道路について42条1項1号ないし5号において定義付けを行っており、そのいずれについても「幅員4メートル以上のもの」としている(42条1項柱書)。
 もっとも、建基法の施行時点において、この接道義務を満たさない建築物が多数生じることが予測された。建基法の前身である旧市街地建築物法においても道路幅員は原則4メートル以上のものと定められていた(昭和13年改正後)が、例外的に改正前の9尺(約2.7メートル)以上の道も市街地建築物法上の道路と認められており、この例外の下に接道義務を満たしていた建築物が多く存在していたからである。そこで建基法42条2項では、「この章の規定が適用されるに至つた際現に建築物が立ち並んでいる幅員四メートル未満の道で、特定行政庁の指定したもの」を道路とみなすこととした。これがいわゆる「2項道路」ないし「みなし道路」と呼ばれるものである。
 この2項道路では、中心線から2メートルの線を境界線とみなすこととされるので、道路に入り込んでいる建築物は道路内の建築制限(建基法44条「建築物又は敷地を造成するための擁壁は、道路内に、又は道路に突き出して建築し、又は築造してはならない」)に違反する形となるが、既存不適格建築物(建基法3条2項)として存在することが可能となる。そこで、当該建築物の増改築や大規模修繕・模様替えの際には、幅員4メートルが確保されるよう、みなし境界線まで後退(セットバック)しなければならない。これら既存の建築物が全部建て替えられ、「後退することによって、将来幅員4メートルの空間が確保されることを期待」するものとされている。
 幅員4メートルを確保する要求は、「交通上、安全上、防火上及び衛生上」(建基法43条1項ただし書)の観点によるものと解されようが、上記のような2項道路を典型とする、幅員が4メートルに満たない「狭あい道路」をめぐっては、救急車・消防車等の緊急車両が通行できない等、様々な問題が指摘されている。特に、2項道路に係る建基法上の規定に関するものとして、次のようなものがある。
 それは、建基法において、建築を行う際には、上記のとおり2項道路の中心線から2メートル後退することにはなるものの、後退部分について道路状に整備する規定までは存在しない「制度的空白」になっている。このため建築物の増改築の際に後退はなされたとしても、L型側溝などはそのまま残されることがある。そこで、建築確認を受けて建築を行った後に、後退した部分を後退前と同様の状況に戻してしまったり、後退用地に自動販売機等を設置することがあるという問題状況である
 ここで、増改築時に後退すべき2項道路上に建築物が建てられた場合には、建基法44条違反となり、こうした場合に対処するために、建基法9条の是正措置命令(1項)と行政代執行(12項)という制度が存在しているが、後退部分に物件を置くといった形で使用され、その通行が妨げられているような場合、対処は困難である。建基法9条1項の是正措置命令の対象は「建築物又は建築物の敷地」とされており、物件はこれに該当しないと考えられるからである。このように、2項道路をめぐって通行が妨げられている状況については、建基法の是正措置命令と行政代執行の「空白エリア」となっていたため、「建基法は、二項道路の幅員確保のために是正措置命令の対象を建築物又は建築物の敷地に限定している現在の法を改める必要があろう」とする建基法改正の主張や、動産の放置のような建築物等によらない通行の制限について、(2項道路に限定的ではないが)建基法上の「道路が当該市街地において担っている役割(特に消防車の進行確保など安全・防火上の機能)を考えると、そのことと通行制限の理由(例:狭い道路の歩行者の安全・静謐の保持)とを衡量しつつ、特定行政庁としての積極的な行政活動も期待され」、「あらかじめ条例によって道路の機能を損なう行為の是正措置を定めておくのが適切」といった指摘がなされていた。
(2)杉並区の状況と狭あい道路への対応
 本条例を制定した杉並区は、東京都特別区部の最西部に位置しており、関東大震災後に市街地化が急速に進んだ。平成23年度の土地利用状況は、第1種低層住居専用地域が64.14%となっており、このほか、中高層住居専用地域、住居地域、準住居地域を合わせた住居系の地域が85.79%を占めている
 杉並区では、基本構想(平成24年3月22日議決)において「安全・安心を確保する」を3つの理念のうちの1つとし、「支え合い共につくる安全で活力あるみどりの住宅都市  杉並」という10年後の将来像を掲げている。この将来像の実現に向けた5つの目標の第1に、「目標1 災害に強く安全・安心に暮らせるまち」を設定していた。
 特別区では、4メートル未満の幅員の道路に接している住宅戸数は全体の約34%を占めているとされるが、杉並区も狭あい道路が相当の割合で存在している。杉並区の2項道路は、区内の道路総延長の約30%に当たる約332キロメートルに及んでいる。
 杉並区では、昭和58年に2項道路の拡幅整備に関する指導要綱を策定し、境界杭や後退済表示板の支給を行うとともに、重点地域については門や塀の除却費の助成を行ってきた。しかし、助成重点区域の狭さなどから全区的には有効な結果は得られなかったという。
 平成元年には、「杉並区狭あい道路拡幅整備条例」(平成元年4月1日条例17号。以下「旧条例」という)が制定された。ここでは、建築確認申請に先立って、建築主等に拡幅整備に関する区長との事前協議を義務付け、協議が成立し、建築主等の整備承諾があった場合には、区長により後退用地の拡幅整備がなされうる制度が導入された。後退に対しては助成金の交付も可能とされている。これとともに、隅切り用地の寄附者や無償使用への承諾者に対する奨励金に関する規定が用意された
 この制度の下で、平成元年度から25年度までの間に、延長距離約91キロメートルの拡幅整備がなされてきた。平成21年度から25年度までの整備件数は合計2,749件で、年度ごとの件数は517件ないし619件となっていた。おおよそ毎年500件台の整備がなされていた。
 他方、建築主等が自ら後退用地の整備を行うことも選択可能であり、この場合には、2項道路の後退線を協議により定め、後退線上に区が支給する後退杭を埋め込み、建築主等が拡幅整備を行う(自主整備)。この自主整備の件数は、各年度で86件ないし135件であった。
 この一定区域を対象としてなされた平成26年の自主整備箇所200件の調査では、「建物や塀等は後退しているが、L型側溝などは未後退で、コンクリート等で舗装され、上部は未利用の箇所」が108(54.0%)であったが、「建物や塀等は後退しているが、L型側溝などは未後退で、コンクリート等で舗装され駐車場、自転車置き場として利用されている箇所」が26(13.0%)、「建物や塀等は後退しているが、L型側溝などは未後退で、花壇等植栽地として利用されている箇所」が14(7.0%)、「塀等が2項道路内に築造され、建築敷地と一体的に利用されている箇所」が52(26.0%)に及んでいた。

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北見宏介(名城大学准教授)

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