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2018.10.10 政策研究

野洲市くらし支えあい条例(上)─消費者安全のための法環境を条例が先導して創造する─

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滋賀大学客員研究員 提中富和

1 はじめに

 今回は、野洲市くらし支えあい条例(以下「本条例」という)を取り上げる。野洲市は、滋賀県の南部にある人口5万人の市である。滋賀県の南部地域は、人口減少化社会の中にあって、いまだに人口の増加が見込める地域であるが、野洲市はそれほどではなく、郊外には田園地帯が広がっている。
 本条例の制定のきっかけは、消費者安全法の改正により、従来から消費者被害の相談等の業務を行ってきた消費生活センターを条例上に位置付ける必要が生じたことである。野洲市では、消費生活センターが生活の立ち行かなくなった市民の生活再建のための総合相談窓口へと発展する中で構築してきた庁内・庁外の連携の仕組みを条例に盛り込み、そうした仕組みを支えとしながら、消費者被害の防止や解決のための対策として、法律に先立って訪問販売の登録制度を創設する一方で、市長が法律上処分等の権限を有する国や滋賀県等の行政機関へ権限行使を求めることを仕組みとして規定した。
 消費者被害は全国的に拡散するものであるから、その対策を支える立法事実は、法律にも共通するものである。法律と条例とが相まって法環境を創造する中で、本条例の先駆的な取組みは、立法事実を先取りし、立法事実に基づく立法の事後評価をも先取りして行うところに、意義があるものと考えられる。

2 条例制定の背景

(1)訪問販売による高齢者の被害が後を絶たない
 独立行政法人国民生活センター(以下「国民生活センター」という)のホームページでは、消費者被害の相談事例を紹介し、注意喚起を図っている。その中には、一人暮らしの高齢者、特に認知症等によって判断能力の低下した高齢者(以下「認知症等高齢者」という)を狙った悪質な訪問販売の被害の事例が数多く紹介されている。
 いきなり床下に入り「この家は通気性が悪いから床下換気扇をつけないと家が腐る」と不安をあおって、高額な床下換気扇を購入させたり、まだ問題のない給湯器について「古くなると部品がなくなるから故障しても修理できなくなる」といって新品に取り替えさせたりするといった例が紹介されている。次々に購入させられ被害額が何千万円にも上るケースがあり、老後の生活資金が費やされてしまうこともあるという。中には、代金の支払のためにクレジット契約をさせられることもある。
 こうした訪問販売等の相談事例は、全国各地の消費生活センターや国民生活センターに持ち込まれたものであり、被害拡大の防止に利用するために、全国自治体の消費生活センターと国民生活センター等をオンラインネットワークで結ぶ全国消費生活情報ネットワークシステム(以下「PIO-NET」という)により情報共有されているデータからピックアップされたものである。
 このPIO-NETの相談件数について、後述する特定商取引に関する法律(以下「特商法」という)の見直しのために2015年1月に設置された特定商取引法専門調査会(以下「専門調査会」という)において消費者庁が資料として提出したものによると、特商法の規定する特定商取引の中で、通信販売に次いで2番目に多いのが訪問販売であり、その相談件数は、2008年度以降引き続き年間10万件程度の高水準で推移している。2014年度では、60歳以上の割合が53%を占め、うち80歳以上の割合が19%も占め、電話勧誘販売とともに、通信販売など他の類型の特定商取引に比べ非常に高くなっている。しかも、60歳以上では、訪問販売における平均契約金額が約170万円、相談時の平均既払金額が約80万円と、いずれも全年代平均金額に比べ高くなる傾向にあるとしている。また、全ての特定商取引を通じてではあるが、80歳以上の認知症等高齢者の相談件数が倍増しているというデータもある。これらの数値は、高齢者、特に認知症等高齢者が訪問販売による重大な被害に遭うおそれの高いことを示している。
(2)勧誘に対する規制の拡大に向けた特商法の改正は進まず
ア 特商法の2008年改正
 訪問販売をはじめ通信販売、電話勧誘販売など7つの取引類型を「特定商取引」として、そのルールを定めて規制をしているのが、特商法である。特商法は、購入者等が受けることのある損害の防止を図ることにより、購入者等の利益を保護することを目的としているが、併せて商品等の流通及び役務の提供を適正かつ円滑にすることも目的としている。
 この特商法は、2008年に改正され(施行は2009年12月1日)、それまで訪問販売等の規制の対象となる商品と役務については指定したものに限定していたが、この指定をやめて、原則として全ての商品と役務を対象とすることにしたほか、訪問販売について、購入しない旨の意思表示をした消費者に対して勧誘をしてはならないとする再勧誘の禁止を3条の2第2項に規定するなど規制の強化を行った。
 なお、商品や役務の指定制をやめたことの見返りとして、金融商品取引法など各省庁が所管する業法の規制対象となる取引については適用除外されることとなった。
イ 2008年改正の効果の検証
 2008年改正では、勧誘の禁止がいったん訪問を受けた後の禁止になっているため、消費者の保護のためには十分でないとする意見などがあったことから、施行後5年を経過した時点で検討することとされた。これを受けて専門調査会が設置され、特商法の見直しが検討された。
 専門調査会では、特に3条の2第2項の再勧誘の禁止の規定の効果について検証が行われた。2015年に消費者庁が行ったアンケートの結果が報告され、これにより、「過去5年間に訪問販売や電話勧誘を受けた経験がある」と回答した消費者のうち、「後日また勧誘を受けた」、「断っても勧誘を続けられた」など再勧誘に当たると思われる行為を受けたものは、訪問販売では558人中238人(43%)もあり、再勧誘の禁止の規定があまり守られていない実態のあることが分かった。しかも、この再勧誘に当たると思われる行為を受けた消費者は「購入しなければよかった」と感じる割合の高いことも判明した
 またPIO-NETの相談情報には、勧誘について、執拗・威圧的な言動、不退去などの場合に「強引」のキーワードが付けられるところ、訪問販売の相談のうち、この「強引」が付けられ、消費者の意思に反する勧誘が行われたと思われるものは、2008年度の1万6,555件からむしろ増加し、2014年度では1万7,509件となっていることも報告された
 この「強引」が付けられたもののうち、2008年度から2014年度までの各年度の4月分の訪問販売の相談件数を、消費者庁においてさらに分析したものが、図1である。これによると、ア)の特商法3条の2第2項の再勧誘の禁止の規定に違反する場合が、2008年度以降むしろ増えている。イ)からオ)の3条の2第2項には違反しないが消費者が意思に反して勧誘を受けている場合の割合が多く、2008年改正以降減少したともいえない。このことは、契約を締結しない(購入しない)旨を明確に意思表示できない人が多くいることを意味している。カ)は、購入者本人の意思を判別できない場合を含むが、この割合も多く、件数も減少していない。このことは、消費生活センターが解決のためにあっせんに乗り出そうとしても、困難な場合が多いことを示している。
 なお、このア)からキ)の相談件数のうち、70歳以上の高齢者の相談件数の占める割合は、2014年4月分では、ア)は53.5%、イ)及びウ)は48.0%、エ)及びオ)は42.9%、カ)は62.0%、キ)は38.8%となっている。キ)を除く、消費者が意思に反して勧誘を受けている場合又はその可能性がある場合は、高齢者が50%前後の高い比率を占めていることも示された
 専門調査会では、このように、再勧誘の禁止が守られていないこと、勧誘を受けた場合に明確に断ることのできない消費者が多いこと、事後にあっせんや行政処分を行おうとしても購入者本人の判断能力の低下などによりその意思を判別することが容易でないため対処できないこと等に鑑み、訪問販売事業者が消費者に接触する前の時点で何らかの規制を行う必要性のあることについて共通認識が得られた。
ウ 規制の拡大は2016年改正では見送られる
 専門調査会は、消費者の利益を代表する委員と事業者の利益を代表する委員から構成されている。事業者側の委員からは、消費者被害は悪質事業者によって引き起こされているのであって、規制を拡大しても解決策にはならず、むしろ健全な事業者のビジネスチャンスを奪い、消費者にとっても消費の機会を失わせ不利益を被らせることになるとして、勧誘に対する規制の拡大に対し、激しい反発がなされ、結局、この点に関しては、特商法の改正は見送られることとなった。
 2016年の特商法の改正では、基本的には規制の範囲を拡大せず、悪質事業者への対応として、次々と法人を立ち上げて違反行為を行う事業者への対処、業務停止命令の期間の伸長、刑事罰の強化などが行われた。このように改正特商法は、悪質事業者の排除という課題に向けて再スタートしたが、その効果には懸念もあり、さらに施行後5年を経過した時点で見直しを検討することとされた。

図1 キーワード「強引」が付与された苦情内容の分析図1 キーワード「強引」が付与された苦情内容の分析

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この記事の著者

提中富和(滋賀大学客員研究員)

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