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2018.08.27 政策研究

大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例(上)

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北海学園大学法学部教授 秦 博美

はじめに

 日本で最初の「ヘイトスピーチ」抑止条例(1)となる「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例(案)」が2016年1月15日の大阪市会(2)本会議において賛成多数で可決された。本稿では、なぜ大阪市(以下「市」という)で日本初の「ヘイトスピーチ」抑止条例が実現したのかという歴史的・社会的背景などについて、また、立法目的と立法目的達成手段に関わる論点について、立法事実の観点から検討することにする。

1 市における条例制定の背景・経緯

(1)歴史的・社会的背景
 市のホームページでは、「外国籍住民」について、次のように記述されている(3)
 「日本で暮らす外国人住民数は、約205万人(平成25年6月末現在)となっており」、「大阪市の外国人住民数は、平成25年末現在、政令指定都市の中で最も多い、11万6千人余りとなっています。国籍別にみると、その約63%が韓国・朝鮮籍、約25%が中国籍で、国・地域は総じて130を超えています。また、国籍は日本であっても、両親や祖父母のいずれかが外国籍といった『外国にルーツを持つ人』も増えてきています」。「大阪市では、平成16(2004)年に『大阪市外国籍住民施策基本指針』を改定しました。この指針は、外国籍住民の人権を尊重し、市民の誰もがお互いの文化を認め合い、自分らしく生きることのできる多文化共生社会の実現をめざしています。外国籍住民の社会参加をすすめ、外国籍住民も共に地域社会を担う一員として活躍できる多文化共生のまちづくりに向け、市民・NPO・地域社会の皆さんと一緒に、今後も力を合わせて取り組んでまいります」。
 市市民局調べの直近のデータ(2016年12月末現在)では、外国籍住民は12万5千人となっており、3年前より9千人増えている。そのうち、韓国・朝鮮籍は約55%、中国籍は約27%となっている。
 また、同ホームページの「『大阪市外国籍住民施策基本指針』に関する補足」(2014年6月17日)では、次のように記されている(4)
 「大阪市外国籍住民施策基本指針」は、2004年3月に改定されたものであるが、「第1章の2『外国人登録者の傾向から見る大阪市の状況』の中で、『大阪市の外国籍住民の多数を占める韓国・朝鮮籍の住民の多くは、戦前の植民地施策によって日本に来住し、戦後も日本に住むことを余儀なくされたという歴史的経緯を有する人々とその子孫であり』との記載については、大阪市に暮らしている韓国・朝鮮籍の方々の多くが、第2次世界大戦以前から暮らしている人々とその子孫で、戦後、朝鮮半島の政情や帰国後の生活などさまざまな事情により日本にとどまることになった、という歴史的経緯をさしています。当時の人々に他の選択肢がなかったということを述べているのではなく、その選択にあたっての背景・事情を述べています」。
 歴史的経緯とその中での個人の選択肢に関し、自治体としての市の認識をどのように表現するのか苦慮している姿を見て取れる。
(2)市内でのヘイトスピーチの多発
 「平成27年度法務省委託調査研究事業 ヘイトスピーチに関する実態調査報告書」(5)によると、ヘイトスピーチを伴うデモ等を行っていると報道等で指摘されている団体が、2012年4月から2015年9月までの3年6か月の間に実施したデモ等の発生件数等をインターネット上の公開情報等に基づいて調査したところ、全国で1,152件であった。
 なお、デモ等の発生件数等の調査は、デモ等の主体に着目した調査であって、それらの団体によるデモ等において、ヘイトスピーチとされる言動が実際に行われていたかどうかを明らかにするものではないことに留意する必要がある。
 年ごとの発生件数は、2013年が347件、2014年が378件、2015年が190件(年換算で253件)と、直前の2年間の件数から相当程度減少している。
 地域別の発生状況は、調査の3年6か月間の発生件数に占める割合は、関東地方約45.7%、近畿地方約24.0%、中部地方約11.1%で、3地方合わせて全体の約8割を占める。集計表は、都道府県別になっており、東京都440件、大阪府164件、愛知県100件、北海道70件などとなっている。調査では、大阪市内の件数は不明であるが、大阪府の件数(全国の件数の14.2%)の大部分を占めていると考えられる。
 デモ等のテーマのうち、ヘイトスピーチと一般に指摘されることの多い内容をテーマとして掲げているもの、すなわち、①特定の民族や国籍に属する集団を一律に排斥することをテーマとして掲げているもの(例えば、特定の民族を一律に国外等へ追放することをテーマとして掲げているデモ等)、及び、②特定の民族や国籍に属する集団の生命、身体等に危害を加えるとすることをテーマとして掲げているもの(例えば、特定の民族を「殺せ」などをテーマとして掲げているデモ等)が占める割合を確認したところ、以下のようになった。
・2012年 14件(全237件中、約5.9%)
・2013年 20件(全347件中、約5.8%)
・2014年 10件(全378件中、約2.6%)
・2015年 2件(全190件中、約1.1%)
 前記①ないし②に該当するデモ等を概観すると、在日韓国人・朝鮮人を日本国内ないし一定の地域から追放することを内容とするものがその多くを占めている。
 デモ等のテーマ全体を概観すると、その大多数は、「拉致問題」、「竹島問題」などといった外交問題等に関して、一定の政治的主張をテーマとして掲げるものであり、前記①ないし②をテーマとして掲げるデモ等は、全体の中でごく少数にとどまるものといえると報告書は述べている。
 また、後述する方策検討部会のヒアリングの中で、在日特権を許さない市民の会(以下「在特会」という)は、京都朝鮮学園の裁判に係るスピーチについて、「全ての発言について、適切であると言うつもりはない。こうした活動をしてきたのは、公園の不法占拠をやめてもらうという公益目的であった。そこが認めてもらえなかったのは不服である。問題となっている発言というのは、発言の時間と文字数をカウントしたところ、全体の6~8%程度である。発言の一部が切り取られている」(6)と説明している。
(3)条例制定の機運
 大阪市内でいわゆるヘイトスピーチが多発したことにより、次のような条例制定の機運が加速することになる。
ア 2013年3月29日に開催された大阪市外国籍住民施策有識者会議(開催要綱が根拠。2014年3月31日廃止)において、委員からヘイトスピーチについては深刻な問題であり、人権救済につながる制度や差別・差別助長行為に対する規制が必要であるとの意見が出された。具体的には、「2月に鶴橋にて在特会、排外的な人たちがヘイトスピーチ、デモ行進を行った内容について現場を見て深刻に思っている。規模は30人程度。拡声器を持って『韓国人を殺せ』という言葉である。ヨーロッパでは取締法で逮捕される」、「関東大震災で朝鮮人が虐殺された時と同じ言葉で発している」等である(7)
イ 2013年10月7日、京都地裁は、在特会が行った学校法人京都朝鮮学園を中傷する街頭宣伝がヘイトスピーチ(憎悪表現)に該当し、人種差別撤廃条約に違反する違法性を認め、同学園に対する約1,226万円の損害賠償義務を認め、将来にわたって学校の半径200メートル以内における街宣等を禁止する判決を言い渡した(8)。2014年7月8日、大阪高裁は在特会の控訴を棄却し、最高裁で同年12月9日確定した。
  なお、このヘイトスピーチの主犯格4人に対しては、威力業務妨害、器物損壊等により執行猶予付きの有罪判決が確定している。
ウ 2014年7月10日の市長定例会見で、当時の橋下徹市長は、ヘイトスピーチに関し、「あれちょっと最近ひどすぎる」との認識を示した。その上で、大阪の「在日韓国人が多いという土地柄から……、ヘイトスピーチみたいなものが行われた場合には、行政としてその発言内容等を証拠保全じゃないですけども……、第三者的なその専門委員会か何かでその表現についてどうなんだろうという議論をしてもらうと。ただ、そのことによって罰則とか……、何か制裁を加えるというのはなかなか難しいところがあるので、第三者委員会みたいなところで議論した結果を公表して……、被害者の方はそれを今度は活用して裁判に訴えてもらうとか。また、その第三者委員会でのその結論をもとに……、行政上のいろんな道路使用許可について一つは判断材料にするとか、何かそういうことだったらできるのかなと。これは僕の考えなので、行政で一回、行政的に法律的に考えてよということで指示を出しております」と述べ、市としての対応方針を表明した(9)
  この市長発言は、結果論であるが、当初提案の条例案の骨格を先取りしていたことになる。

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この記事の著者

秦博美(北海学園大学法学部教授)

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