九州大学大学院法学研究院教授 田中孝男
1 はじめに
今回は、国レベルにおける民泊規制の緩和施策を踏まえて、2016年秋に関係条例の改正を行った福岡市を中心的に取り上げる。一方で、規制を強化した東京都台東区の例も紹介する。今回は、先駆的条例における立法事実収集の事例紹介を主眼とするものではない。国政レベルの政策に対して自治体が地域の実情を立法事実にどう反映させているのかを探るものである。
立法事実の要素には、その地域固有の地理的文化的社会的な実態のほかに、客観的な法制度環境も含まれる(1)。今回は、国レベルの法(政令)改正及びその背景の政策展開という法制度環境の変化に対応する条例改正が、テーマである。
ここで、民泊(民泊サービス)とは、「住宅(戸建住宅、共同住宅等)の全部又は一部を活用して宿泊サービスを提供する」ものを意味する(2)。以下、民泊の対価として宿泊料を得る有料の事業を想定して説明をする。
民泊に関わる法的な諸規制には、旅館業法のほか、建築基準法、消防法や景観法などがあるが、ここでは、条例整備の関係で、旅館業法に関わる部分のみを取り上げる。また、旅館業法・同法施行令のことを、単に「法」、「法施行令」と表示する。
なお、2017年通常国会には、民泊に係る届出制などが規定される住宅宿泊事業法(仮称)案の提出が予定されている(3)。その点で今回は過渡的内容であることを、お断り、お詫びする。
2 民泊規制(旅館業法)の制度概説
(1)法令の定め
業として宿泊サービスをすることは、法2条1項で規定する旅館業に当たる。旅館業の経営には、都道府県知事(保健所を設置する市と特別区では、当該市長又は区長)の許可が必要である(法3条1項)。以下では、記載の便宜上、知事、県と表示する。
無許可営業には、懲役・罰金の刑罰が科せられる(法10条1号)。
民泊は、通常のホテル営業とは異なり、例えば民家やマンションの一室を利用して行うような営業が考えられる。その点で、民泊は、法2条4項の簡易宿所営業(宿泊する場所を多数人で共用する構造及び設備を主とする施設を設け、宿泊料を受けて、人を宿泊させる営業。下宿営業以外のもの)に当たるものが多いだろう。
営業許可については、その申請に係る施設の構造設備が政令で定める基準に適合しないと認めるとき、当該施設の設置場所が公衆衛生上不適当であると認めるときなどに、与えないことができる(法3条2項)。
また、許可を受けた営業者は、営業の施設について、換気、採光、照明、防湿及び清潔その他宿泊者の衛生に必要な措置を講じなければならない(法4条1項)。衛生上の措置の基準は県条例で定める(同条2項)。
この衛生上の措置基準に関連して、厚生労働省から、「旅館業における衛生等管理要領」(以下「管理要領」という)を含めた通知が、知事宛てに発せられている。この通知は、地方自治法245条の4に規定する技術的な助言に当たる。各県は、管理要領を参照しながら、旅館業法の施行条例を制定している。
(2)民泊推進の桎梏規制の内容
2016年の法施行令改正前において、合法的な民泊を進める立場にとって桎梏だったのは、主に次の2つの規制であるといえる。
第1は、簡易宿所営業施設の構造設備基準のうち、客室の延床面積を33平方メートル以上としている点である(法施行令旧1条3項1号)。当時の管理要領には、客室の幅員が2メートル以上という基準も定められていた。
第2は、当時の管理要領に記されていた基準である「玄関、玄関帳場又はフロント及びこれに類する設備」の設置である。当時の管理要領を参照すれば、相当数の県が、玄関帳場設置義務を法施行条例に規定していたことになる。以下、玄関帳場設置義務付けをする条例上の規定を「帳場規定」という。