滋賀大学客員研究員 提中富和
1 はじめに
今回は、大阪市住居における物品等の堆積による不良な状態の適正化に関する条例(平成25(2013)年12月2日大阪市条例133号。以下「大阪市条例」という)と京都市不良な生活環境を解消するための支援及び措置に関する条例(平成26(2014)年11月11日京都市条例20号。以下「京都市条例」という)との2つのいわゆる「ごみ屋敷」対策のための条例を取り上げる。
「ごみ屋敷」は、国土交通省が2009年に行った調査では、全国の250の市区町村で確認されている。そうした中、その対策のための条例が、いまだ10に満たない自治体でしか制定されていない段階で、関西の二大都市において先行するように相次いで制定されたのはなぜかという立法事実の観点からは興味深いものがある。また、この2つの条例は、対策についての基本的なスタンスが異なるが、このことは立法事実について何か異なるところがあったのであろうか。
2 条例制定の背景
(1)「ごみ屋敷」は現代社会問題の表徴
「ごみ屋敷」とは、居住用の建築物の中に、またはその敷地内にあふれ出して、あるいはその敷地からもはみ出して、ごみと物が入り混じって堆積し、ごきぶり、はえ、ねずみなどが発生し、悪臭を放っている状態等にある当該建築物とその敷地のことをいう。こうしたごみ屋敷が市街地に現れ、周辺の生活環境に悪影響を与え、周辺住民から自治体に対しても苦情が寄せられている。もちろん、居住者である原因者本人にとっても、生活環境の悪化による健康への悪影響という深刻な問題が生じている。
ごみ屋敷に至った原因は、本人がごみを片付けないことにあるが、その背景として、本人が生活上の諸課題を抱えて「セルフ・ネグレクト」つまり自分自身の世話を放棄するといった状態に陥っているといわれている。そうした状態は、独り暮らしの高齢者に多く、認知症に起因することもあるが、高齢による体力や気力の衰えや、配偶者等を亡くした孤独による生きる気力の喪失などに起因することも多い。高齢者でなくても、独り暮らしに加え、病気の発症、精神的な障害、引きこもりなどの要因が重なれば陥りやすい(1)。
セルフ・ネグレクト状態になると、「片付けなければならない」と思っていても、おっくうになり、ついつい部屋の中にごみや物が溜まり、そのうち部屋が埋め尽くされるようになり、次の部屋も次の部屋も埋め尽くされ、やがて生活スペースがなくなり、堆積物の上をはい登って移動しなければならないような状態になる。その堆積の状態は建築物の中だけにとどまらず、敷地内にも敷地外にもあふれ出す状態になってしまう。堆積の状態がひどくなると、もはや外部から支援の声があっても、「他人に見られたくない」との思いから拒否することとなる。それ以上の支援の声は、かえって本人を意固地にさせ、外部との関係を悪化させ、ますます心を閉ざし、孤立状態を深めることになる。このようにして、ごみ屋敷問題の解決は難しくなっていく。
セルフ・ネグレクト状態にある人は、内閣府の調査によれば全国で約1万人いると推計されているとのことである(2)。高齢社会が進展し、家族や地域とのつながりが希薄化する社会にあっては、誰でも陥る可能性がある。2010年に放送されたNHKのドキュメンタリー「無縁社会~“無縁死”3万2千人の衝撃~」は、そうした可能性を見せてくれた(3)。ごみ屋敷問題は現代の無縁社会の表徴といってもよい。
大阪市では2013年3月時点で77件の、京都市では2014年8月時点で100件を超える件数のごみ屋敷の存在が把握されていた。
(2)コミュニティソーシャルワーカーの取組みが全国放映される
ごみ屋敷の居住者をはじめ社会から孤立している人たちは、「助けてほしい」と声を上げたくても、上げられないことが多い。これに対し、「そういう人たちが地域にたくさんたくさんいる社会だから、そういう人を1人でも少なくするために一生懸命努力をすることが、私のプロフェッショナルだと思っている」と語る、豊中市社会福祉協議会のコミュニティソーシャルワーカーの勝部麗子氏の取組みが、2014年7月7日放送のNHKのドキュメンタリー「プロフェッショナル」において「地域の絆で“無縁”を包む」というタイトルで紹介された(4)。同氏は、同年4月から6月まで放送されたNHKドラマ「サイレント・プア」(深田恭子さん主演)の主人公のモデルであったこともあり、自治体関係者や福祉関係者の間で大きな反響を呼んだ。
コミュニティソーシャルワーカーとは、制度の狭間や複数の福祉課題を抱えるなど、既存の福祉サービスだけでは対応困難な事案の解決に取り組む地域福祉の専門家のことであり、大阪府が2004年度から市町村にその配置促進を進めてきたものであるが、勝部氏自身がその必要性を訴えてきたものでもあった。支援の必要な人を、関係機関や地域住民の支援活動と連携・調整を行いながら適切な支援につなげるコーディネーターの役割を担う。「プロフェッショナル」の中で、勝部氏は、ごみ屋敷を訪問してもなかなか本人に会えない中、心を閉ざす相手に向けて、名刺の裏側に「大丈夫ですか?」、「あなたのことを気にしている人がいますよ」とメッセージを書き込んで何度も何度も置いていく、「諦めない」地道なアプローチを続ける。そのことが功を奏し、ようやく2年がかりで本人に会うことができる。頭から「片付けましょう」と言うのではなく、あくまで本人の意思を尊重し、片付けを手伝わせてもらえるような信頼関係をつくって、解決につなげる。近隣の住民からは「困った人」と見られているが、本人こそ、何らかの課題を抱えて「困っている人」であり、その課題に寄り添うことが本人の心の扉を開くことにつながると語るシーンは印象的であった。
豊中市社会福祉協議会では、14人のコミュニティソーシャルワーカーを中心に、8,000人の住民ボランティアによる住民力を生かして、声なきSOSに向き合い、それぞれの課題に寄り添い、一人ひとりの「出口づくり」の取組みを実践している。ごみ屋敷対策としての「ごみ処理プロジェクト」もその一環であり、2005年度の発足から2013年度までの間に相談のあった件数は258件に上るが、そのうち7割は「出口づくり」につながったという。