九州大学法学研究院准教授 田中孝男
1 はじめに
本連載では、これまで条例の立法事実につき、各自治体がどのような事実について、どのような内容として認定・確定していったのかに焦点を当て、事例の検討を進めてきた。こうした検討は、次回以降も継続・展開される。
今回は、これに加え、立法事実の記録管理についても少し扱う。条例が住民のものであることを考えれば、その条例の立法事実が、地域住民に広く共有されるようになっていなければならないからである。立法事実の記録管理は、立法事実論の体系では、立法事実認定確定手続論の一部を構成する(1)。
さて、公文書等の管理に関する法律(以下「公文書管理法」という)4条は、法令の制定又は改廃及びその経緯(同条1号)に関する文書化を行政機関に義務付けている。同条各号は例示とされるが、これは、当該各号に規定する事項以外にも作成すべき行政文書があるという文脈での説明である(2)。当該例示条項は、政府提案時点で政令事項の予定であった。これを、国会の修正で法律事項に引き上げたのである。この法案修正の背景を考えれば、文書化義務例示条項を法律事項としていることにつき、単なる例示にすぎないと、軽々しく扱うべきではない。
ところで、2014年10月1日現在、公文書管理条例の制定は5県16市町村にとどまる(3)。しかも、筆者の調べでは、少なくとも県と指定都市の公文書管理条例に、公文書管理法4条1号に相当する規定は存在しない(4)。つまり、条例・規則の制定改廃に関する事項の文書化を具体的かつ明示的に義務付ける条例は存在しないのである。言い方は悪いが、自治体の公文書管理に関する感度の鈍さと、自治体当局への義務付けはなるべく緩くするという姿勢が現れてしまっている。なお、議案となる条例案の原案等を意見公募(パブリックコメント)に付すべきことを条例で義務付けている場合には、その意見公募事項の部分に限れば、文書作成義務が実定化されていることになる。
だが、条例の適法性をめぐる争訟が提起されたとき、自治体側が立法事実を的確に主張(立証?)するためには、当該認定した立法事実を適切に記録管理してあることが、その前提として必要不可欠となる。(広島県)府中市議会議員政治倫理条例事件控訴審判決(5)が、立法事実の欠如を理由に同条例を憲法違反としたのも、市側が立法事実についての主張立証を的確に行えなかったことに一因があると考えられる(6)。
そこで今回は、少し前の事例となるが、北海道ニセコ町が2011年4月に制定した水道水源保護条例と地下水保全条例(以下2つの条例を合わせて「本件2条例」という)を対象に、立法事実の記録管理にも配慮して検討を行う。
2 北海道ニセコ町の概況等
ニセコ町(以下「町」ということがある)は、北海道南西部に位置し、蝦夷富士とも呼ばれる羊蹄山の麓に広がる自然に恵まれた町である。農業のほか、冬期間のスキーでニセコは国際的にも有名であり、観光産業も伸長している(7)。
また、町の「住民参加のまちづくり」は、よく知られていよう。今回の検討との関連では、町には「文書管理条例」が存する(2004年12月施行)(8)。また、町のまちづくり基本条例(2001年4月施行)では、まちづくりに関する条例の制定改廃につき、町民の参加を図るべきことや長が議会に提案する条例制定改廃案については、町民参加の有無と状況に関する事項を付記することが規定されている(54条)。その点で、町では、条例の立法事実の一部の文書化が義務付けられているという見方もできる。