ひろしまね自治体法務研究会 澤俊晴
1 はじめに
立法事実は、一般に「法律の立法目的や規制手段が憲法に違反しないと言いうるためには、その法律の背後にあってそれを支えている社会的・経済的・文化的な事実が存在し、その事実に妥当性が認められなければならない」(1)(傍点筆者)と説明されるように、憲法訴訟において論じられてきた。そのため、議論の主な対象は、規制事項を含む法律や条例であった。しかし、規制事項を含まない条例であっても、「すぐれた条例」、「より良き立法」(2)を生み出すためには、立法事実をおろそかにすることは許されない。
本稿では、規制事項を含まない条例のうち、政策推進型条例(3)を検討する。題材は、平成25年に制定された「広島県中山間地域振興条例」(以下「本条例」という)である。
なお、ここで広島県の概況を整理しておく。広島県は、中国地方に位置し、東は岡山県と、北は島根県及び鳥取県と、西は山口県と、南は瀬戸内海を隔てて愛媛県及び香川県と接している。
人口は286万750人で全国12位(4)、面積は8,479.38平方キロメートルで全国11位(5)であり、中国・四国地方における政治・経済の中心である。
地勢は、北に1,000~1,300メートル級の中国山地があって、そこから南の瀬戸内海沿岸島嶼部に向けて3段の階段状になっており、県内のほとんどは低い山地で占められている。沿岸部には太田川下流の広島平野と芦田川下流の福山平野があり、それぞれ広島市(政令指定都市)と福山市(中核市)が位置している。また、瀬戸内海に約140の島がある。
産業は、戦後の高度成長期に沿岸部を中心に「全国を凌駕する水準の重化学工業化を達成し、それを牽引車に全国平均をうわまわる経済成長率を達成し」(6)た結果、製造業を中心とした産業構造となっている(7)。そして、重化学工業が集積する沿岸部への人口移動が急速に進んだ結果、内陸部では「挙家離村や若年労働力の流出によって」「急激な人口減少」が起こり、過疎化が急速に進展し、「地域社会の基礎的条件の維持を困難にするにいたった」と評されている(8)。実際、県内市町に占める過疎市町の割合は、全国有数の工業県であるにもかかわらず、全国上位に位置している(9)。
2 条例制定の背景
「人口減少や少子高齢化の進展する中」で、中山間地域は「基幹産業としての農林水産業の衰退、農地の荒廃等による県土の保全への影響、地域の担い手の不足による地域コミュニティの衰退等が懸念される状況」にある(本条例前文)。
例えば、広島県の中山間地域は、人口では県全体の約13.6%を占めるにすぎないが(10)、その面積は県全体の約71.5%を占めている(11)。このため、人口密度は、中山間地域以外の地域が約1,022.4人/平方キロメートルであるのに対し、中山間地域は約64.1人/平方キロメートルと極端に低い。さらに、中山間地域における高齢化は、県全体と比べて急速に進んでおり、地域に雇用を生み出す産業も縮小してきている(12)。
このような状況は、「中山間地域から様々な恩恵を等しく享受してきた全ての県民にとって重要な課題となっており、私たち県民一人一人が、中山間地域の有する多面的かつ公益的機能等の価値を再認識する必要」があり、「多様な主体が連携して、中山間地域の振興に取り組み、豊かで持続可能な県民共通の財産として、その価値を将来に引き継いでいく」ことの必要性を高めている(本条例前文)。これが、本条例制定の背景である。