通常学級で学ぶ障害のある子どもの実態
ここからは、筆者が専門としている聴覚障害を取り上げ、通常学級で学ぶ障害のある子どもへの対応について考えたいと思います。近年、新生児聴覚スクリーニングの普及によって障害の超早期発見・教育が可能になったことや、補聴器や人工内耳といった補聴機器の技術が飛躍的に発展したことにより、聴覚を最大限に活用できる聴覚障害児が増えてきています。その影響もあり、学びの場として通常学級を選択する事例が増えてきています。聴覚障害のある子どもへの合理的配慮としては、聞きやすい環境をつくるということと、見て分かりやすい環境をつくるという二つの方向性があります。前者については、①適切な大きさ・速さ・明瞭さで話す、②話しかけるタイミングを十分に考慮する、③先生の声を子どもたちの補聴器や人工内耳に直接届ける補聴援助システムを活用することなどが考えられます。後者については、①先生の口元が見やすい座席配置にする、②重要なことは口頭の指示のみでなく文字として伝える、③音声を文字化して伝える要約筆記などの配慮が考えられます。要約筆記について、最近ではそれぞれの子どもに配布されたタブレット端末にて音声認識アプリを活用している事例も見られるようになりました。これらのような合理的配慮を受けることで、聴覚障害のある子どもが、障害のない子どもと共に学ぶことが可能となります。さらに、音声をより伝わりやすくする、重要なことは文字にするといった配慮は、授業のユニバーサルデザイン化にもつながり、すべての子どもたちにとってもメリットをもたらすと考えられます。
インターネットにて「聴覚障害 and 合理的配慮」と検索すると、様々な実践例が確認できます(例:国立特別支援教育総合研究所の「インクルDB」(http://inclusive.nise.go.jp/?page_id=13))。これまでに聴覚障害のある子どもを担当した先生方のご尽力もあり、先述したような基本的な合理的配慮については全国的にも共有・実施できるようになってきていると思います。その一方で、合理的配慮を提供された後の学びまでを考慮した教育実践がどの程度行われているのかという点については課題も残されていると感じています。例えば、要約筆記では文字による確実な理解が可能になる一方で、若干のタイムラグが生じるという短所があります。そのため、「○○について分かる人?」といった挙手を求めるような場面では、質問内容が文字化され、本人がいざ発表しようと思った際には、既に話題が次に移ってしまい、発表できなかったということも多く見られます。また、「○○さんは聞こえづらいからやらなくて大丈夫だよ」、「○○さんの代わりにやっておいたからね」など、「良かれ」と思って周囲が様々な配慮を行った結果、聴覚障害のある子どもが活動に積極的に参加する機会を失う場面も少なくありません。細かな問題を挙げていけばキリがありませんが、こうした問題は「些細(ささい)なこと・仕方のないこと」として見落とされる傾向にあります。しかし、これらが積み重なることで、聴覚障害のある子どもが「疎外感」を感じたり、「自分のことが理解されていない」と感じたりするとの報告があります。これは聴覚障害に限った話ではないと思われます。合理的配慮を提供したことに満足し、本人が学習活動に安心して楽しく参加できているのかという確認がおざなりになっているとすれば、本当の意味でのインクルーシブ教育の実現にはまだ時間を要するかもしれません。
おわりに
教育職員免許法が改正され、2019年度からは「特別の支援を必要とする幼児、児童及び生徒に対する理解」に関する科目が教職過程に導入されました。しかしその授業のみをもって、障害の特性や特別支援教育について理解を深めるのは困難であり、通常学級を担当する先生方の多くが現場での対応に苦慮されているかと思われます。インクルーシブ教育の実現のためにきめ細やかな対応を行いたいという意思があっても、人員面や予算面の問題もあるかもしれません。筆者が教育現場に関わってきた印象では、特別支援学級の経験が長い先生が近くにいる学校や、特別支援学校のセンター的機能を積極的に活用しながら専門家と密な連携をとっている学校は、様々な相談の機会を設け、試行錯誤しながらも上手に対応しているように感じています。一人の教員、あるいは一つの学校のみが対応するのではでなく、学校の内外を問わず、様々な関係機関が連携し、チームとしてインクルーシブ教育を推進していくような体制づくりが地域ごとに求められます。
今回は聴覚障害の話題を取り上げましたが、知的な遅れがある子どもと障害がない子どもがどのように共に学ぶのかといったことや、障害以外の教育的なニーズへの対応など、今後も検討を必要とする様々な教育的課題があります。インクルーシブ教育をめぐる議論は国際的にも様々であり、その在り方は今後も変化する可能性があります。その潮流も見据えながら、それぞれの実情に応じたインクルーシブ教育環境を構築していくことが求められます。