4 教育現場の問題への弁護士の関わり~いじめ問題の事実認定について~
筆者は、解決困難となった教育現場の問題について弁護士に相談する意味は、まず、弁護士に「事実認定」についてのアドバイスを求めることにあると考える。この相談は、「どういった法が問題となり得るか」、「この法をどう解釈すべきか」といった一般的なイメージの法律相談とは少し離れており、盲点ではないかと思われる。
教育現場での解決困難な問題として真っ先に思い浮かぶのは「いじめ」の問題である。以下は具体的にいじめの問題に弁護士が活用され得る場面を述べたい。
いじめ問題は、今も昔も、教育現場からなかなかなくならないが、被害児童の心を将来にわたって深く傷つけるものであるので教育現場としては根絶のための不断の努力が必要であり、ただ他方教育現場における弁護士活用の実際14で加害児童も教育現場からすると大切な生徒のひとりであって、その対応は困難を伴うことが多い。
「いじめ」は、いじめ防止対策推進法2条1項において「児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう」と定義されている。
いじめに該当するかどうかは、被害児童が心身の苦痛を感じているかどうかによる上、いじめには一般に密行性(先生の目の前で露骨にいじめたりはしない)があるといわれており、現場の教員にとって、そもそもいじめの発見自体が容易ではない。
いじめ防止対策推進法23条2項は、「学校は、前項の規定による通報を受けたときその他当該学校に在籍する児童等がいじめを受けていると思われるときは、速やかに、当該児童等に係るいじめの事実の有無の確認を行うための措置を講ずるとともに、その結果を当該学校の設置者に報告するものとする」としている。「前項の規定による通報」というのは、同条1項で「学校の教職員、地方公共団体の職員その他の児童等からの相談に応じる者及び児童等の保護者は、児童等からいじめに係る相談を受けた場合において、いじめの事実があると思われるときは、いじめを受けたと思われる児童等が在籍する学校への通報その他の適切な措置をとるものとする」とあり、その「通報」を指す。
つまり、通報があったり、いじめがあると思われるときは、いじめの事実の有無の確認を行うための措置を講じて学校設置者に報告することになっている。
さらに、同条3項では、「学校は、前項の規定による事実の確認によりいじめがあったことが確認された場合には、いじめをやめさせ、及びその再発を防止するため、当該学校の複数の教職員によって、心理、福祉等に関する専門的な知識を有する者の協力を得つつ、いじめを受けた児童等又はその保護者に対する支援及びいじめを行った児童等に対する指導又はその保護者に対する助言を継続的に行うものとする」とある。
ここでは、同条2項の確認を踏まえていじめがあると確認された場合には、いじめを受けた被害児童や保護者に対する支援をすること、またいじめを行った加害児童に対する指導又はその保護者に対する助言をすることが規定されている。
つまり、現場の教員は、同法に基づき、いじめの事実確認をした上で、加害児童に対して指導し、被害児童を支援しなければならない。ただ、このいじめの事実確認が難しい。
いじめの事実を発見すること自体容易でないのはすでに述べたとおりだが、仮に被害を受けたと訴える児童からいじめの訴えがあったとしても、教員がこれを受けて加害側とされた児童に聴き取りをし、加害側とされた児童が「いじめました。先生ごめんなさい。もうしません」と謝ってくれて終わるケースばかりではない。中にはいじめを認めない児童もいるし(そもそもいじめが事実ではない可能性もある)、被害を訴える児童と加害側とされた児童との言い分が真っ向から食い違うことも珍しくない。また、いじめには密行性があるためいじめを客観的に示す証拠などないことがほとんどである。それに教員には児童に取調べを受けることを強制する権限もない。
ただ、いじめの事実を確認する義務は上記に述べたとおり法的な義務である。調査もそこそこに「真相は何もわかりません」では、被害側を受けたと主張する児童もその保護者も、加害とされた児15童もその保護者も、誰も納得しないだろう。
そこで、手前みそで恐縮だが、このような場面で弁護士が活用できる。弁護士は、普段の職務において、依頼者と相手方の言い分が食い違う事件を受任しときにはその事件について訴訟まで行う。その前提として、依頼者の言い分をしっかり聴き取り、それを訴訟上の主張まで組み立てられるか検討し、その主張する事実を裏付ける証拠がないか調べ、証拠が見つかった場合はそれが裁判に耐え得るものか評価するということを日々行っている。
筆者は、この弁護士の事実認定のノウハウが、現場の教員に活かせる可能性があると考えている。言い分が食い違う可能性のある状況下で、どういうことを留意して聴けばよいか、それを裏付ける証拠があるとしたらどういうものか、それを探すにはどうすればよいか、聴き取った内容をどう整理して残しておくべきか、聴き取った内容を踏まえてどう事実認定すればよいか、それが裁判上耐え得るものかどうかの見通し…などである。
もっとも、事実認定については人によって結論が変わり得るもので、第1審の地方裁判所が証拠に基づいた事実認定を基に無罪とした判決が、高等裁判所では同じ証拠で別の事実認定をした上で有罪とするケースもあるとおり、微妙なものである。ましてや一弁護士の事実認定は絶対などではあり得ない。
ただ、たとえ一弁護士の私見であれ、いじめの調査・事実認定について事前に、あるいは事後に、その後もし訴訟に発展した場合にもなるべく耐え得るようなアドバイスを受けながら進められるというのは、現場の教員にとっては安心感につながる。
また、いじめの調査・聴き取りや事実認定について、教員が共通して知っておいた方がよい、留意した方がよい点を抜き出して、弁護士が教員向けに研修等をすることも意義があると思われる。無論、教員による教育的視点に立った事実の聴き取りと、弁護士による事実の聴き取りは似て非なるところもあり、参考になるところとそうでないところがあるが、弁護士からの予防法務的な視点は現場でいじめ問題に対応する際に有用な部分も多いと思われる。
筆者は、教育現場の問題について、弁護士に「事実認定」についてのアドバイスを求めることが、弁護士に相談する意義として一番大きいものであると感じている。