3 おわりに ─議員提案政策条例の今後の立ち位置─
法令の過密については、執行を担当する自治体の裁量を限定し、地域の実情に合った法令の解釈運用を難しくさせるとの指摘もある。また、北海道から沖縄まで地域の実情が異なるのに、細かな規定で画一的に規律しようとすれば、実態に合わない結果を招き、自治体の解釈や工夫の余地を閉ざしてしまう事態をもたらしかねないともいわれている(12)。
このような中、自らの権限を行使して政策実現を志向する地方議員のスタンスとしては、法律あるいは先行条例の規定に過度に拘泥されることなく、住民目線にとことんこだわり、「住民の『おもい』を、政策への変換を見据え、条例という『かたち』に」する作業を積み重ねていくことが何よりも肝要であると考える。
※ 本稿中に示す見解は全て筆者個人の私見である。したがって、所属する組織の見解を示すものではないことを申し添える。
(1) 滝本直樹「議員提案政策条例を介した地方議会活性化の方向性について」議員NAVI 2015年11月25日号。同論考では、全国都道府県議会議長会のデータに基づき、平成7〜26暦年における20年間の都道府県における年間条例提出数に関して知事提出数と議員提出数(委員会提出含む)の推移を比較している。知事提案条例については、平成7〜26暦年における年間提出数は3,000件前後で推移している。一方、議員提案条例については、平成7〜12暦年では年間100件未満であったが、地方分権一括法の施行等を契機として飛躍的に上昇し、平成13暦年以降は150件前後で推移しているが、そのような状況下においても条例提出総数に占める議員提出の割合は5%前後であり、その傾向は平成27〜30暦年においても同様の結果を示している。
(2) 本稿における議員提案政策条例の定義及び制定件数の推移については、一般社団法人地方行財政調査会が毎年度実施している「議員発議政策条例と議会基本条例の制定状況調べ」の議員発議政策条例の定義(議員発議条例のうち、議会や議員に関わる条例を除いた政策的な行政関係条例)及び47都道府県議会の議員発議政策条例の制定件数に基づくものである。最新の調査結果である平成30年度の状況については、令和元年7月22日に公表されており、当該年度における都道府県議会別の議員発議政策条例の制定件数は新潟県議会が5件で最も多かった(当該条例に係る47都道府県議会の合計制定件数は前年度に比べ5件増の40件)。なお、議員提案条例の提出数同様、議員提案政策条例の制定件数も地方分権一括法の施行等を契機として、飛躍的に上昇しており、同会がデータを有している平成2〜11年度までは47都道府県議会合計で年間5件にも満たなかったそれが、平成12年度には二桁の12件となり、直近3か年度(平成28〜30年度)の年間平均制定件数は36件を記録している。
(3) 出石稔「議員提案条例のあり方②─『乾杯条例』から考える」ガバナンス211号(2018年)107頁参照。
(4) 衆議院法制局ホームページ「衆議院法制局コーポレートアイデンティティについて」参照。衆議院法制局では、平成30年で創立70周年を迎え、これを契機としてシンボルマーク及び標語を策定し、平成31年1月から使用している(http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_annai.nsf/html/statics/housei/html/h-ci.html(2019年12月1日閲覧))。
(5) 議員提案による部局横断型政策条例の有意性については、例えば、滝本直樹「新潟県特定野生鳥獣の管理及び有効活用の推進に関する条例〜住民ニーズを踏まえた議員提案による部局横断型政策条例の意義〜」政策法務Facilitator 52号(2016年)20頁参照。
(6) 法令の「過剰過密」問題については、例えば、礒崎初仁「法令の過剰過密と立法分権の可能性─分権改革・第3のステージに向けて」北村喜宣=山口道昭=礒崎初仁=出石稔=田中孝男編『自治体政策法務の理論と課題別実践─鈴木庸夫先生古稀記念』第一法規(2017年)192〜195頁参照。なお、同論考では、法令の過剰とは、国内のほとんどの領域について必要以上に法令が制定されている問題であり、法令の過密とは、各法令が必要以上に細部まで規定している問題である旨記述している。
(7) 本稿においては、目的規定や基本理念規定にスポーツの推進又は振興に係る施策展開を掲げている条例を「スポーツ条例」と称することとする。
(8) 日本スポーツ法学会編『註解スポーツ基本法』成文堂(2011年)8〜9頁、後藤雅貴「スポーツ基本法の制定」立法と調査320号(2011年)51〜53頁及び文部科学省ホームページ「スポーツ基本法の制定までの経緯・主な検討経緯」(http://www.mext.go.jp/a_menu/sports/kihonhou/attach/1308899.htm(2019年12月1日閲覧))参照。スポーツ基本法(平成23年法律78号)は、平成23年6月24日に公布されたが、すでにこの2年前には、スポーツ振興法(昭和36年法律141号)からスポーツ基本法への転換を図るための国会レベルの胎動が確認されている。自由民主党政権下であった平成21年7月14日に当時の与党であった自由民主党及び公明党の提案により、第171回国会に、平成23年に制定・公布されたスポーツ基本法と同様にスポーツ振興法を全部改正する形式で、「スポーツ基本法案」が提出されたが、同21日の衆議院解散により審議未了のため廃案。民主党政権下の翌22年6月11日に再度、両党は当該法案を一部修正の上、全部改正形式で第174回国会に「スポーツ基本法案」を提出し、以降、第177回国会まで継続審査となっていたが、その第177回国会において民主党をはじめ自由民主党及び公明党を含む衆議院8会派共同の超党派による法案提出を踏まえ、両党は平成23年6月1日に当該法案を撤回している。このようにスポーツ基本法は、政権交代の荒波を乗り越えて誕生した経緯を有しており、ゆえに自由民主党及び公明党によって提出された法案と、平成22年に政権を握った民主党案(政権奪取後、民主党単独のスポーツ議員連盟が平成23年5月に法案のとりまとめを完了)との「折衷案」とも解されている。
(9) 平成30年12月末日現在において、スポーツ条例を制定している都道府県は、群馬県、埼玉県、千葉県、神奈川県、石川県、岐阜県、三重県、滋賀県、岡山県、山口県、徳島県、愛媛県、大分県及び鹿児島県の14県であり、そのうち10県が地方自治法112条1項に基づく議員提案又は同法109条6項に基づく委員会提案により、すなわち議員サイドが提出権を行使して制定している。なお、平成31年3月には新潟県が議員提案によりスポーツ条例を制定したほか、隣県の山形県においても議員提案により当該条例を制定している。
(10) 例えば、日本スポーツ法学会・前掲注(8)43〜44頁参照。
(11) 平成30年12月末日現在においてスポーツ条例を制定している先行14県のうち、スポーツ基本法に準拠した「スポーツ団体」の定義を用い、かつ同一条文中に除外規定を設けず「スポーツ団体」と「事業者」を並記している県は、3県確認されている。なお、石川県条例は、同条例3条2項において、いわゆる除外規定(「事業活動を行う者(スポーツ団体を除く。以下『事業者』という。)」)を設けており、新潟県条例同様、スポーツ基本法に規定する「スポーツ団体」と「民間事業者」との並列関係に違和感を持ち、条例内で整理を試みたとも解される規定ぶりを採用している。蛇足ながら、成案となった第177回国会において提出されたスポーツ基本法案における「スポーツ団体」に係る規定ぶりと第174回国会(第171回国会)で提出されたスポーツ基本法案における「スポーツ団体」に係る規定ぶりには明らかに「差異」があり、この一面においても政権交代の荒波を乗り越えて誕生した稀有(けう)な法律が有する特殊事情や醍醐味(だいごみ)を感じることができよう。
(12) 礒崎初仁「『法令の過剰過密』とは何か(2)─善意の立法が現場の工夫を妨げる」ガバナンス206号(2018年)91頁参照。