住民を自治体にコミットさせる
それでは、住民の自治体に対するオーナー感覚は、どうしたら涵養(かんよう)できるのでしょうか? 我々の日常感覚に最もピンとくるものは、分譲マンションの管理組合です。多くの人にとって生涯で一番高い買い物が住宅の購入です。そうやって手に入れた自分の住宅の資産価値を守るためには、みんなで共同して負担を引き受けて良い管理をしていかなければなりません。頭では分かっていることですが、現実には容易なことではありません。
自分の住戸の内側については、それなりに意識してきちんとできるものです。ところが、自分の住戸の外側の共用部分をより良く保つことに、専有部分並みにコミットできる人は多くありません。しかし、共有部分が傷んだまま放置されていれば、自分の専有部分がどんなにきれいに維持されていても、転売するときの値段は下がってしまいます。共有部分 と専有部分の両方がそろって初めて住宅として使うことができ、両方の価値が共同住宅の資産価値になっているのです。一定期間ごとに修繕や改修を行い、配管や設備を更新し、数十年たったならば相当な費用をかけて大規模な改修を行うことで、資産価値が保たれます。
市町村も本質的には同じです。市町村道とマンションの廊下は、どこが違うのでしょうか? 市町村道は法人としての地方自治体の所有のもとにあって、住民の区分所有権が設定されていないという違いはあります。しかし、住民全体の共有物であるという本質においては、マンションの共有部分と同じです。自治体の管理が行き届かなくなっていて市町村道が荒れ果てていれば、その地区の地価も下がり、売りに出しても買い手がつかずボロボロの空き家だらけになっていけば、そんなまちに引っ越してきたいという人はいなくなってしまいます。管理できていないマンションが転売できなくなるのと同じです。市町村をより良く運営していくことと、マンションの管理をきちんとしていくことは、本質的に は同じことなのです。このような意識をどう広げていくかが、今、問われています。共同住宅の区分所有者というオーナーであることと、自治体の住民というオーナーであることは、このように同じことなのです。そのことを実感できる場を地域にどれだけつくっていける かが問われています。何か課題に直面して、それを解決するために作業をともに行うことで、実感を持った気づきができるからです。
前述した飯綱町議会の取組みからは、そのような本質に触れる部分が垣間見えるのではないかと思います。議長から声がかかって政策づくりに参加し始めた時点では、ひょっとすると面倒だなぁと思っていた人もいるかもしれません。しかし、地域全体にとって大事な政策課題を何とか解決できないかと共同作業に取り組んだ後では、今後もこういう大事な役割を担っていくことに意義を感じて、自発的に議員に立候補する人も登場しているの です。オーナーとしての責任感覚が強まったといえるのではないでしょうか。しんどいけれど、もう少し自分ができることはあるはずだ、それを少し頑張ってやってみよう。そんなふうに思う人は、「お客様は神様です」とサービスしてあげるだけの関係からは現れてきません。何か共同作業をして、その共同作業に参加した人々が実感を持って必要を感じたり、やりがいを感じたりする中で初めて担い手は生まれてくる、育っていくのではないでしょうか。
議会改革の次のステップは、議会がそういう共同作業の場を多様に住民に提供することや、そこで育った人たちを議会の次の担い手として迎え入れて、自治体の将来をつくっていく場になっていくことです。だからこそ、議会と住民の政策づくりはとても大事なものなのです。また、議会による行政のチェックも、何事も行政にお任せではなく、面倒なチェ ック作業をすることで、将来にわたって信頼でき、持続できる公共サービスを確保することができるのだということを実感できたときに、住民は議会の改革、議会が仕事をしっかりと担っていくことの価値を実感し、まずは選挙での投票から、自分でも自治体運営に関わっていくということにつながるのだと思います。
議会の中では、合意形成が時としてとても難しいことは理解しているつもりです。薄氷を踏むような思いをしながら、何とか議会内をまとめて、それまで難しかった改革を進められそうな機会がつくれた。それを何とか守りたい場面もあるでしょう。しかし、それだけにとどまってしまい、議会の改革とその成果を、もっと住民に開くことを通して、住民の自治体に対するオーナー感覚を涵養していかなければ、いずれ自治体の経営が立ち行かなくなります。その時期は地域ごとに多少異なるでしょう。しかし、向かっている方向は どの地域も同じです。築数十年のマンションでも、新築のマンションでも、その管理のた めに求められる課題の本質は同じです。たまたま住民間の合意づくりが難しい住民構成であったとしても、何とか難しい人をなだめすかした結果として、ほとんどの人を当事者感 覚のない「お客様」にしてしまったままでは、いずれ限界が来ます。地方自治体も同じことなのです。そして、合意形成の難しい管理組合の理事会に当たる役割を担っているのが、自治体の議会です。
うまく運営されているマンションの管理組合を参考にしながら議会が改革を行い、やがて議会そのものが「自治体の管理組合理事会」としてモデルになれるような実質をそなえていく。そのモデルとしての役割を自覚するからこそ、議員が議会活動を改革して、住民の舞台である議会をつくっていく。今、私たちはその課題の入り口に立っているのです。