3 生活保護行政で生じている問題
なぜ日本の捕捉率はこれほどまでに低いのか。その理由は、生活保護行政の態度にある。生活保護の利用は、生活に困窮している人が行政に対して「申請する」ことから始まる。本人からの申請を受け、生活保護を利用できるかどうか収入や資産を調査し、利用条件を満たしていれば生活保護の支給が開始される。利用条件を満たしていなければ却下となる。したがって、生活保護を申請する行為は権利として認められており、行政はこれを拒否することはできない。
ところが、生活保護の申請をさせないという違法行為が、生活保護の窓口では行われている。この違法行為は「水際作戦」と呼ばれている。では、実際に窓口ではどのような対応が行われているのだろうか。POSSEに寄せられた相談事例から見ていこう。
【千葉県、30代女性】
所持金がほとんどない状態で生活保護申請に何度も行ったが、全て追い返された。窓口では「何をしに千葉に来たの」、「飛行機乗って帰れ」と言われた。また後日、所持金20円の状態で申請に行ったが「若いのだから働け」というようなことを言われ、申請できなかった。
【東京都、20代女性】
親兄弟による虐待から逃れるために単身上京し、警察署で住民票の閲覧禁止措置をとった。その後、福祉事務所で生活保護を申請しようとした際、上記の状況にもかかわらず、「親に連絡をとれ」、「福祉事務所から親に連絡をする」、「実家に帰れ」などの対応がなされた。女性は深刻な精神的苦痛を受け、また生活保護の申請をすることもできなかった。
【石川県、20代女性】
母子家庭で所持金が1円しかなく米だけを食べているような状況で、3回ほど窓口を訪れ生活保護を申請しようとしたが、水際作戦により申請できなかった。脳貧血を患い就労はできないが、窓口では「あなたは本当に困っている感じがしない」などと言われた。
ここに挙げたのは、POSSEに寄せられた相談の一部である。市民の安全や生活を守るはずの行政で、このような違法行為や人権侵害が行われている。「働け」、「家族に頼れ」などと言われ生活保護を申請することすらできず、ときに人権侵害まがいの暴言を吐かれることもある。
また、生活保護の受給が始まった後にも問題がある。生活保護を受けた後、本来は自立を支援するはずのケースワーカーによってパワーハラスメントが行われている。
【岩手県、50代男性】
走れないほどの心臓病を抱えているが、ケースワーカーに就労圧力をかけられ、ルームランナーに乗り心拍数などを測る検査を病院で無理やり受けさせられそうになった。また、生活保護受給中は、窓口を訪れるたびに暴言を吐かれた。
【【愛知県、女性】】
ヘルニアがひどく医師には子どもを抱くことすら禁止されている状態であり、診断書も提出しているが、ケースワーカーが突然、家にやって来て「働け」と責め立てた。仕事ができないことを説明しても「自分なら働く」などと言って聞き入れない。
このように、「就労指導」や「自立支援」の名のもとにハラスメントが行われることは、決して珍しいことではない。利用者は「指導」に逆らって生活保護を打ち切られてしまうと、生活ができなくなってしまう。こうした利用者とケースワーカーのアンバランスな力関係のもとで、「指導」と称したパワーハラスメントが行われている。
このようなパワーハラスメントや人権侵害の横行は、生活保護利用者の自立を妨げ、保護を長期化させていく。精神疾患の悪化などにより、医療費も増大していくだろう。
また、それだけではなく、人命すら奪われていくことになる。「水際作戦」を受けた生活困窮者の自殺や餓死、殺人事件は、2005年以降明らかになっているだけで11件起きている(表3)。これは、調査や報道で明らかになったもので、氷山の一角にすぎない。
生活保護利用者の多くは、家族や地域との縁が切れており、唯一のつながりがケースワーカーであることも少なくない。そこでこのような対応が行われれば、利用者の生の否定へと結びついてしまう。事実、厚生労働省の調査によれば、生活保護受給者の自殺率は全国の平均と比べて2倍以上高い(表4)。