一般社団法人共同通信社編集委員兼論説委員 諏訪雄三
地震は突然起きるとされているが、東海地震だけは、約40年前にまとめられた大規模地震対策特別措置法(大震法)に基づいて「予知は可能」を前提に対策の枠組みがつくられている。当時の地震研究で予知の可能性があるとされていたからだ。
大震法によって東海地震の被害想定地域を中心に、地震への備えが強化された半面、今や国際的にも不可能とされている「予知」を前提にした法律が残ることが、不必要な楽観を生む可能性も指摘されている。
内閣府の中央防災会議などで8月に新しい報告がまとめられた。これらに共通するのは、過去にとらわれず、新しい発想で防災対策をつくり上げるべきだとする意見だ。2つの報告をベースに南海トラフ巨大地震などへの備えを考えたい。
大震法は機能せず
政府の中央防災会議「南海トラフ沿いの地震観測・評価に基づく防災対応検討ワーキンググループ」が8月25日にまとめた報告書は、東海地震への対策と、南海トラフ巨大地震への対策を分けて示している。
まず、東海地震の予知の可能性については、「現時点においては、地震の発生時期や場所・規模を確度高く予測する科学的に確立した手法はなく、大震法に基づく警戒宣言後に実施される現行の地震防災応急対策が前提としている確度の高い地震の予測はできないのが実情である」とされた。
1978年に制定された大震法では、東海地域で異常な現象が捉えられると、必要に応じて大規模な地震に結びつく前兆現象と関連するかどうかについて、地震学研究の第1人者からなる地震防災対策強化地域判定会を開く。これを受け「もうすぐ東海地震が起きそうだ」と気象庁長官が判断した場合、その旨を内閣総理大臣に「地震予知情報」として報告。首相が警戒宣言を出して、地震に備えることになっていた。
ただ、この仕組みは、前提となる予知ができないという点、さらに、警戒宣言発令時に本当に対策が取れるのかという点の二つで、もともと機能しないと見られていた。例えば、警戒宣言発令時の主な対策としては、①避難対象地区内の居住者の避難や、老人、子ども、病人ら要援護者の避難の実施、②東海道新幹線のストップなど鉄道の強化地域内への進入禁止、車両は極力抑制③病院や百貨店などは安全性が確保されている場合、営業継続は可能―などとされている。
だが、どれぐらいの間、待機するのか。東海地震が起きなかったら、新幹線をストップさせた間の経済的なデメリットをどうするのかなど、実際に宣言に沿って対応した際のことはまったく定められていない。つまり、絵に描いた餅のような様相を呈していたのだ。
もともと大震法は1976年秋の日本地震学会で「駿河湾付近で大規模地震がいつ発生してもおかしくない」とする東海地震説が発表されたのが発端。国民のパニックを背景にしながら、観測体制を強化すれば予知は可能とする地震学者らの言説に引きずられた形で、制定された経緯がある。
その結果、地震学者の重要性は高まり、地殻変動をチェックする観測網も年々整備されていった。だが、その後に突然起こり続けた1995年の阪神大震災や2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震などの経験もあって、地震予知の前提が崩れている以上、大震法を廃止すべきとの声は地震学者からも出ている。
このままの大震法では、単なる「地震学者雇用法」との陰口をたたかれても仕方ない。地震学者は責任を持って、大震法は機能しないと明言した上で、法律の廃止を求めるべきである。
4つのケースで対応策
ワーキンググループの報告書は、東海地震などの発生場所や時期、規模について事前に予想できないが、南海トラフ巨大地震に対しては、過去の地震の経験から考えると、事前に対応できる可能性があるとして、4つのケースを挙げている。
①東側の領域で発生した後、西側の領域で大地震が発生するケース=1854年の安政東海地震では32時間後、1944年の昭和東南海地震では2年後にそれぞれ発生している。東西の領域でほぼ同時か続けて起きる可能性があるという経験則に基づいている
②マグニチュード(M)7クラスの地震が発生した後、M8クラスの地震が発生するケース=全世界で1900年以降発生したM7以上の地震1358事例のうち7日以内に24事例が起きており、定量的な評価から導き出されている
③南海トラフ沿いでゆっくりすべりや前震活動などの現象が観測されるケース
④東海地震予知情報の判定基準とされるようなプレート境界面での前駆すべりやこれまで観測されたことがないような大きなすべりが見られたケース
これら4ケースを考えると、南海トラフの東側領域は東海地震の震源域なので既に対応が進んでおり、今後は西側領域での観測態勢を強化が必要となる。さらに異常を観測した場合、事前にどのような対応ができるかは、南海トラフ沿いの地域で、複数のモデル地区を選んで住民の避難を促す仕組みづくりに着手する考えだ。2017年度内に検証結果をまとめ、今後の見直し議論に反映させるとしている。
モデル地区で検討されるのは、自主的な避難の在り方だ。特に①のようなケースでは、過去の例から実際に起きていることや、救助や救援が東海地震の被災地に向かって集中し始めており、どれだけ西側領域の救援にマンパワーを割けられるかは分からない。事前に避難できれば被害を軽減できる可能性が高まることは理解できる。
具体策としては、海岸沿いの津波被害が想定される地域に住む人、特に高齢者や病人、子どもらを事前に安全な場所に避難させることや、事業所の営業の自粛、バスや鉄道などの交通機関の運行停止などが考えられる。
確かに事前避難は有効だが、これら異常現象が本当に観測されるのか、観測されても実際に大地震につながるのかは分からない。避難を呼び掛けても、地震が起きなかった時にはどうするのか。どの段階、どのような状況になれば避難を解除できるのかも見えない。結果として、市民生活を混乱させただけで終わる可能性もある。これらの点から、東海地震の予知ができることを前提にした対応と同様、実施には困難が伴うことは明らかである。
事前防災の仕組みを
中央防災会議の報告書に対しては、尾崎正直高知県知事のように「南海トラフ全域で事前避難を促す議論がスタートする意義は大きい」と評価する声もある。これは被災の可能性がある自治体では「できることは何でもしておきたい」という意識があるからにすぎない。この報告書を高く評価しているわけではない。
その証拠に「南海トラフ地震による超広域災害への備えを強力に進める10県知事会議」は8月25日、住宅耐震化の推進や、地震対策に必要な財源の確保を求める提言書を小此木八郎防災担当相に提出している。
一方、心配されるのが、事前の避難ができるということに期待を寄せ、対策がないがしろにされることだ。現場の知事らは危機意識が強いから、そういった油断はないだろうが、国側の対応が遅く、予算配分の優先順位が低下しないか心配だ。
大震法の見直しについて小此木防災担当相が「即座に法を見直すということはない」と述べているように、間違っていたことは認めたくないという意識が働き、抜本的な見直しができず、対応が後手後手に回る恐れが強い。
国や地方自治体が進めるべきは、モデル地区での検証とは切り離して、まずは大震法の廃止、そして4つのようなケースも経ずに巨大地震が発生することを前提に、あらゆる備えをすべきである。
仮設住宅の供給能力が足りない
もう一つの報告書は、内閣府の「大規模災害時における被災者の住まいの確保策に関する検討会」が8月29日にまとめた論点整理だ。
報告は応急仮設住宅の必要量として首都直下地震は66万~94万戸(応急借り上げ住宅の供給可能戸数は86万戸)、南海トラフ巨大地震では105万~205万戸(同121万戸)と想定している。この結果、空き家を借り上げ住宅に最大限利用しても、首都直下地震で8万戸以内、南海トラフ巨大地震で84万戸以内の仮設住宅の建設が必要としている。
つまり、被災地の都市部では、供給能力が不足していることから、仮設住宅が圧倒的に足りないことは明らかだ。その対応策として、被災者が一部損壊した自宅に住み続けられるように応急的な修理を後押しする方策の検討や、畜産農家のように自宅を離れられない家庭を念頭に敷地内に仮設住宅を建設することも幅広く認めるべきだとしている。さらに広域的な被災者の移動を想定して、情報連携を進めるためのマイナンバー制度の利活用の仕組みづくりも挙げた。
借り上げ住宅の確保策としては、空き家やマンションの空き室を活用するため、これらの戸数を事前に把握する仕組みや、住めるようにするための補修費負担のルール作りなども国が取り組むべき課題として挙げている。
このほか復旧・復興にスムーズにつなげるために、プレハブでの仮設住宅ではなく、熊本地震で採用されたような、復興後も住み続けられるタイプの住宅建設も認めるとした。その上で、地方自治体にはモデル的な応急建設住宅の建築計画を検討するほか、災害復興住宅も含めて用地確保に向けた戦略的・長期的なビジョンを事前に検討するよう求めている。
事前準備のガイドラインを
二つの報告書が示しているのは、戦略的な事前の準備の必要性である。国土交通省は内閣府や東京都、和歌山県も参加して「復興事前準備ガイドライン策定検討委員会」を設置、2017年7月から検討を始めている。
復興事前準備とは、首都直下地震や南海トラフ巨大地震での甚大な被害から立ち直るため、被害を想定しながら震災後にどのような街づくりを進めるかを、あらかじめ復興計画で定めておこうという発想だ。
国交省のアンケートの結果では、57%の地方自治体が重要性を認めているが、60%近くが取り組めていないのが実情だ。その理由としては「検討の時間が確保できない」「具体的な対策イメージがつかめず、何をすれば分からない」「他業務に比べて取組の優先順位が低い」などの課題がある。
復興事前準備の内容としては、復興マニュアルの策定が一番多く、次が復興対策に関する条例の制定、復興基金の創設などがある。
検討委員会では2017年度にガイドラインをまとめ、復興マニュアルなどの内容を示す予定だ。この事前準備が進めば、津波被害の恐れのある地域から事前に集団移転したり、街の中心をあらかじめ安全な場所に移したりするような街づくりにつながる。
防災対策で不可欠なのは、迅速な避難の体制づくりや耐震改修の促進など被害を減らすための短期的な対策と、安全な街づくりという長期的な視点での取り組みである。現在は、短期的な対策が最優先されているが、大規模地震のインパクトを考えれば、大地震が来ても被害を最小限に抑えることができる地域の形成という、街づくりの責任者である首長の想像力とリーダーシップが一番求められているのである。