本当に岩盤規制緩和?
52年ぶりに獣医学部を新設することについて、国家戦略特区の制度による岩盤規制の打破という文脈で安倍首相は説明している。この新設が果たして規制緩和として有効なのか検証する必要もある。
新設を目指す加計学園の獣医学部の定員は160人。一方、全国にある16の獣医系学部・学科の定数は合計で930人。つまり一挙に2割近くの定員が増える。
新設の理由として内閣府は「人獣共通感染症を始め、家畜・食料等を通じた感染症の発生が国際的に拡大する中、創薬プロセスにおける多様な実験動物を用いた先端ライフサイエンス研究の推進や、地域での感染症に係る水際対策など、獣医師が新たに取り組むべき分野における具体的需要に対応するため」という理由を挙げている。
だが、人獣共通感染症の研究というのは、医学部など幅広い学部との密接な協力が不可欠となる。単独の獣医学部の開設で解決できるとは考えにくい。新たに取り組むべき分野の需要に対応するとすれば、既存の学部が求める定員増を認める方が効率的ではないか。
さらに、自治体などで働く獣医師は足りないとされるが、これは犬や猫といったペットの獣医を選択する人が多いためで、獣医師の数自体は過剰気味とされている。つまりは獣医師の偏在をなくしていくことで解決できる問題ともいえる。
国家戦略特区とは「産業の国際競争力の強化及び国際的な経済活動の拠点の形成を図る」のがもともとの狙いだ。今後、獣医学部の新設や定員増を自由化するという大目標に向けた第一歩であり、この新設を契機に大学同士を競い合わせ獣医師の数の増減は市場に任せるという発想に立つなら、52年ぶりに岩盤規制を打ち破ったと安倍政権が宣伝しても筋は通っている。だが、内閣府側からはそれほど大きな視点からの説明はない。
国家戦略特区を担当する山本幸三地方創生担当相も「具体的な需要を完璧に描ける人はいない。経済学的にいえば、どんどんつくればつくるほどいい」と荒っぽい。
その一方で、政府は「まち・ひと・しごと創生基本方針2017」で、東京一極集中是正策として「東京23区においては、大学の定員増は認めないことを原則とする」と規制強化を打ち出している。この強化策について山本担当相は「市場の失敗に政府が介入する必要がある」と説明する。一見、矛盾するような発言だ。
つまりは獣医学部を新設して、その後、獣医師の需要が思ったよりなくて各大学の経営状態が悪くなれば、淘汰(とうた)されても仕方がないという考えだろう。経済学的にはそれが正しいのだろうが、新設には、多くの自治体の支援も入っている。地域にとっては、何とか若者を集め、地域活性化に役立てたいという切なる願いで誘致したのである。規制緩和で無理やりつくったが、結局は失敗したでは済まされない。