必死の言葉遊び
その一つの手段として、政権のキャッチフレーズ、安倍首相の好きな言葉遣いをまねるという方策がある。今、政策面での双璧のフレーズは「地球儀を俯瞰(ふかん)する」「三本の矢」であろう。「地球儀」は首相の得意とする外交政策の柱、要は中国とどう戦略的に渡り合うかを考え、仲良くする国を選んでいこうというところか。
「三本の矢」は金融緩和、財政政策、成長戦略というアベノミクスの3本柱を意味する。最近は「新三本の矢」として「強い経済」「子育て支援」「安心につながる社会保障」を掲げ、名目国内総生産(GDP)600兆円などの目標も設定している。
最近の例では、経済産業省が4月14日に公表した「長期地球温暖化対策プラットフォーム」報告書に両方のフレーズがある。2050年までに温室効果ガスの排出量を80%削減するための経産省の戦略案だが、その中には「地球儀を俯瞰した温暖化対策」という表現がしっかりあり、ゲームチェンジの「三本の矢」として「国際貢献」「グローバル・バリューチェーン」「イノベーション」を挙げている。
三つあれば何でも「三本の矢」ではないだろうが、6月9日に閣議決定された「まち・ひと・しごと創生基本方針2017」にも、情報、人材、財政面での自治体支援を「地方創生版・三本の矢」と名付けている。
少し古い話だが、2016年5月に開かれた先進7カ国(G7)伊勢志摩サミット。その首脳宣言の世界経済の政策的対応として「三本の矢のアプローチ、すなわち相互補完的な財政、金融及び構造政策の重要な役割を再確認する」との表現まであった。
ただ、首脳宣言の英文を見ると「3方面からのアプローチ」とあり、官僚の“意訳”だと分かる。首相の好きな言葉を使って、少しでも気に入ってもらおうという官僚側の涙ぐましい努力が伝わって面白い。
言葉だけなら、笑い話にもなるが、ある事務次官経験者はこんな話をしてくれた。「官邸に言われたことは、自分の役所のことは無視してでも実現しようとするやからが必ず出てきて、やっかいだ」
安倍政権になって2014年5月に内閣人事局が置かれた。これによって審議官から事務次官クラスまでの各省庁の幹部約600人の人事は、内閣人事局が把握した。そして、そのトップである人事局長は政治家が就任している。現在は萩生田光一官房副長官で安倍首相の側近の一人だ。
幹部職員の任用は、まず任命権者(大臣)が人事評価をし、官房長官が適格性審査、幹部候補者名簿を作成し、再び、大臣が任用候補者の選抜を行い、最後に大臣と首相、官房長官が任免協議をして、最後に大臣が任命する手順だ。
安倍政権になって各省庁が大臣と相談して決めた事務次官や局長らの人事案を官邸に上げた後、それが覆された例は多く存在する。その理由も「大臣が上げてきたまま認めるのは官邸主導に反する」といったものから、その人の好き嫌いまでさまざまある。
いずれにせよ、官僚にとっては、人事を握る首相官邸、官房長官やその取り巻きらの覚えが悪くなれば、今まで積み上げてきたことが否定される。それならば、官邸からの無理筋の指示でも、実現できなければ、役人人生の終わりとでも思い詰めるのである。