3 若者の意識の変化と農山漁村
こうした環境の変化により、人々の仕事や生活の選択は大きく変わりつつあり、とりわけ若い世代で、地方での生活を選択する人々が増え始めている。毎日新聞(2015年12月20日)で紹介された調査結果によれば、東日本大震災後に農山漁村への移住を考える人々が増えているという。また、NPO法人ふるさと回帰支援センターへの移住相談件数もこの数年で大きく増加しており、2015年には2万件を突破するなど、仕事と暮らしの選択肢として、地方を考える人が増えている。無論、2万件という数は絶対数として多いとはいえないが、この傾向は高まりつつあることは間違いない。国が進める地方創生により、移住支援を行う自治体の取組みも増えており、地方移住という選択肢が、リクナビなどの求人サイトと同様、ひとつのシステムとして社会的に認知されるようになっていることも、この動きを後押ししているといっていいだろう。
では、あらためて、なぜ地方の農山漁村なのだろうか。そこにはいくつか理由があると考えられる。
第1に、衣食住の確保を含めた暮らしの安心である。20歳代の若者は、生まれてこのかたインフレを経験したことがなく、物価上昇は生活を苦しくするものだと認識する人もいる。この低成長時代に生まれ育った若者世代は、安定した仕事と安心な暮らしが確保できるのであれば、地方に暮らしてみたいという考えを持っている。また、東日本大震災以降、仕事に対して、生きがいや社会貢献を求める人々も増えている。
第2に、クリエイティブで顔の見える仕事の模索である。不確実な時代にあって、若年世代の人々の中で、新たな仕事と暮らしのスタイルを模索する動きが生じている。人間にしかできない手仕事の技や、人と人との関係を構築しながら新たなものを協働で創り上げる事業が展開されるようになっている。その中にはITを駆使し、大都市の中でクリエイターとして事業を担う人もいる。だが、このような人間にしかできない創造力を発揮したオンリーワンのモノづくりやサービス提供を考えるとき、実は、田舎にこそクリエイティブの種があることに気づいた若い世代が、地方の農山漁村へと移住したり、二地域居住を選択し始めている。農山漁村にはその地域にしかない風土や文化、自然があり、それらを生かしたモノづくりの技術がある。そこに希少性を見いだし、人と自然との関係にも目を向けながら、モノやサービスを生み出す動きが起こっている。
地方創生の取組みを通じて、少しずつだが成果につながる取組みを行っている地域では、こうした時代の変化を敏感にキャッチし、地域が、自らの手で元気を取り戻すための知恵や工夫を発揮するための支援策を推進し、若い「人財」を地域に呼び込んでいる。
4 農山漁村のコミュニティを開く
こうした若い世代が地方の地域で暮らしを営むには、コミュニティを外部に対して開くことが必要となる。多くの移住者を呼び込み、活性化の成功例として注目される地域では、日々の暮らしの中で、「よそ者」である移住者の居場所づくりが行われている。また、移住者の意見を地域でしっかりくみ上げていく環境や仕組みが整っている。
こうした取組みを含めて、今後、持続可能な地域づくりを考えていく上で何が必要なのかを最後に考えてみたい。
第1に、自分たちの地域の現状を改めて確認し、その強みや弱みといった特性を的確に把握することである。「地元学」に見られるように、地元のことを学び合う場を設けている地域もある。まず地元を知り、どのような地域づくりができるかについてアイデアを出し、できることから行動する。こうしたCheckとActionがあって初めてPlanが立てられる。したがって「PDCAサイクルを回す」には、その前段でプランを策定するためのチェックとアクション(すなわちCA-PD-CA)が必要である。そのためには、コミュニティ内の多様な世代や立場の人々が集い、話し合いを重ねながら、地域の課題や魅力について理解する場を構築することが必要である。さらに移住者や外部の専門家なども加わることで、地域の資源を形にする工夫や、そのための商品開発やデザイン、広報や流通を行うための人財確保と育成を図り、形にすることが考えられよう。「地方創生」事業を活用し、成果を上げている自治体に共通するのは、従前より地域について学び、様々な活動を行っていることである。地域を知り、地域の課題について多様な担い手の連携により検討してきたからこそ、その成果を活用して、具体的な計画策定が行われているのである。
第2に、こうした場をつくるに当たり、議論の場を準備し、中立的な立場で運営を行うファシリテーターの存在が欠かせない。行政、地域づくりを担うNPO等の団体、あるいは地域おこし協力隊などがファシリテーターを紹介することも考えられる。住民ニーズが多様化する時代、選挙のみに住民意思の負託の手続を極小化してしまうのでは、住民の納得を得ることは難しくなっている。住民参加を拡大することで、多様な住民ニーズを把握し、施策に結びつけることが期待される時代である。無論、議員が住民の声を聞き、地域課題に向けた政策対応について提言していくことは大切である。しかしながら、政策課題も多様化する中で、様々な政策領域について、これを担うには限界もある。地域おこし協力隊やNPO法人などの中間支援組織と連携を図りながら、コンシェルジュ機能をしっかりと構築して、住民の声を汲(く)み取る方法も考えられよう。まちづくり協議会など地域運営組織の構築や、NPO法人などの中間支援組織との連携、地域おこし協力隊制度の活用などを並行して進めながら、「地方創生」に向けて場と関係を豊かなものにする工夫が求められている。
議員には、地域の現状を地区単位でしっかり把握し、その特性を知り、多くの住民とそれらの情報を共有しながら、行政の策定する計画や事業について、しっかりとチェックすることが、まず求められるだろう。さらに、多様な担い手が地域づくりを行うに当たり、その連携や協力のあり方などをしっかり把握し、将来構想に向けた取組みについてともに考えていくことも求められている。不確実な社会だからこそ、安心・安全な地域の暮らしを構築するために、地域の将来について理解し、身近にできることから考える。そのための場と関係を取り結ぶことが期待されている。