地方自治と議会の今をつかむ、明日につながる

議員NAVI:議員のためのウェブマガジン

『議員NAVI』とは?

検索

シリーズ自治体の災害政策

2017.02.10 政策研究

東日本大震災復興における自治体財政と復興格差

LINEで送る

3 石巻市半島部における防災集団移転事業――取り残される半島部

 そこで、半島部に位置する雄勝地区(旧雄勝町)の現状を見てみよう。旧雄勝町は1950年代から1960年代にかけて人口が増加し、最盛期には人口1万人を超えた自治体である。雄勝総合支所の資料によれば、人口は1975年には9,341人であったが、震災前の2011年には4,300人(1,637世帯)となっている(12)。大震災による死者・行方不明者は合わせて236人、り災世帯数は1,467世帯(約9割)、そのうち住宅の全壊は8割に上っている。まちの中心部は壊滅的な打撃を受けた。震災前に居住していた618世帯のうち96%の住宅が全壊し、総合支所等の行政機関、学校(小学校2校、中学校1校)、病院、金融機関などがすべて失われることとなった。2015年6月末現在の雄勝地区の居住者は481人であり、職員数は、2009年には職員43人、教育委員6人、病院35~36人の合計84~85人であったが、2015年現在では、職員29人、病院(診療所)7人、臨時職員4人の合計40人になっている。
 雄勝地域の復興計画について見てみると、被災前の中心市街地は「災害危険区域」に指定されているため、少し離れたところに新拠点地域が計画されている。2015年9月に調査で訪れたときはまだ基本設計段階にあり、インフラ整備すら始まっていない状況にあった。16か所の宅地造成地への移転事業では、一戸建ての公営住宅96戸、自力再建の住宅95戸が計画されており、自力再建では生活再建支援金と利子補給制度を活用する仕組みが設けられている。宅地造成地で自力再建するに当たっては、土地を借りた場合には30年間無料でその後有料となるが、購入する場合には、1区画100坪で200万円から300万円が自己負担となる。
 新しい造成地には病院や保育所などの生活基盤も必要となる。しかし、雄勝診療所は震災前の雄勝病院のように入院機能はなく外来のみとなっており、保育所については仮設の子育て支援センターで対応している状況にある(2017年完成予定)。事業が長期化すればするほど、人口がさらに減少する可能性が高い。実際、高台への移転希望者は2011年10月には約350世帯であったが、2014年12月には190世帯にまで減少している。
 このように復旧・復興政策の見通しがたたない中で、半島部の集落存続の危機が続いている。例えば、雄勝地域の船戸地区では、大震災前には68世帯が居住していたが、防災集団移転事業による計画では2015年6月現在で6世帯にすぎない(13)。石巻市防災集団移転事業(2015年2月)では、雄勝地域を含む半島部の48地区において1,261戸の整備計画が進められている。当初は61地区の1,785戸が参加予定であった。このうち小規模な移転事業も目立っており、泊浜6戸など169地区が10戸未満であり、うち4地区は5戸であった。桃の浦地区では2012年の計画では24戸が移転を希望していたが、2015年には5戸にまで減少している(14)。桃の浦の場合には、24区画に対する単価は約2,500万円となっているが、総事業費は5億9,320億円(約6億円)に対して、入居者は5戸となったため、単純計算で1戸当たりの単価は実に1億1,864億円となる。
 今、ほとんど住民が戻ってこない雄勝地域の中心部に、130億円をかけた高さ9.7メートル、延長3.5キロメートルにわたる巨大な防潮堤の建設計画が立てられている(15)。被災前のまちの中心部は「災害危険区域」に指定されているため、基本的に人が住めない地域である。中心部では被災前の6,200世帯から約80世帯にまで減少している。こうした中で、「持続可能な雄勝をつくる住民の会」では、市民サイドからの生活者の視点に立ったまちづくり提案がなされている。住民の意見が十分に反映されないまま、巨額の予算を投入して造成を進めても、住みやすいまちは戻らないどころか、ますます衰退の一途をたどっていく可能性もある。国や県が推し進める9.7メートルの防潮堤建設計画にも反対しつつ、住民の手によるまちづくりへの模索が始まっている。
 最後に、石巻市と隣接する東松島市のケースを見ておこう。東松島市は、2005年に矢本町と鳴瀬町が対等合併して成立した人口約4万人の自治体である。震災後には約3,000人の人口が減少した。震災後、仮設住宅917戸(2,114人)とみなし仮設住宅858戸(2,168人)での生活を余儀なくされていたが、災害公営住宅や集団防災移転事業については、地区ごとで話し合いの場が設けられて、住民協議会が立ち上げられた(16)
 東松島市での防災集団移転事業の特徴は、コミュニティを中心に住民主体で進められていることである。市の説明によれば、第1に移転者が決めた安全な移転地であること、第2に100年後も持続的・安定的に生活できる地域であること、第3にコミュニティごとに移転できる規模であること、第4に地域の「絆」を重視することといった点にある。市では、7団地(津波による被災エリア)の世帯を市内7か所(内陸部・高台)へ集団移転する計画として始まった。2014年6月10日には、5団地で引き渡しがなされ、166戸ですでに住宅の建設が開始され、2015年度に完了した。特に注目されているのが、あおい地区での住民主体のまちづくりの取組である。協議会が市の土地利用計画案に対して、防災・地域コミュニティ再生の観点から修正案を提示し、いくつかの提案が受け入れられている。全体としてコミュニティを中心に「日本一暮らしやすいまち」を目指す取組が行われている。

この記事の著者

議員 NAVI

今日は何の日?

2025年 425

衆議院選挙で社会党第一党となる(昭和22年)

式辞あいさつに役立つ 出来事カレンダーはログイン後

議員NAVIお申込み

コンデス案内ページ

Q&Aでわかる 公職選挙法との付き合い方 好評発売中!

〔第3次改訂版〕地方選挙実践マニュアル 好評発売中!

自治体議員活動総覧

全国地方自治体リンク47

ページTOPへ戻る