一般社団法人共同通信社編集委員兼論説委員 諏訪雄三
「豊かで明るい元気な地方の創生は、安倍内閣の最重要課題であります。地方の自主性・自立性を高め、自らの発想と創意工夫により、個性と魅力あふれる地方をつくっていくことが重要と考えています」
昨年12月20日、首相官邸で開かれた第10回地方分権改革推進本部で安倍晋三首相はこう述べた上で、「今年の地方分権改革の取組においても、『地方の声に徹底して耳を傾ける』という基本姿勢に立つ」との方針を示している。
地方に対して安倍首相の態度は一見、低姿勢だ。だが、実際には普天間飛行場の移転や原発再稼働に関して国の方針は決して変えない。安倍1強といわれる政治状況でも、表面的な低姿勢を貫くのは、地方の反乱を恐れてのことと言える。2009年に自民党が政権交代に追い込まれたのは、当時の橋下徹大阪府知事や東国原英夫宮崎県知事ら発信力のある人物が自公政権の政策を徹底的に批判したのが一つの要因になっている。
長期政権を確実にして2020年の東京オリンピック・パラリンピックを首相として迎えるために安倍首相が行っているのが、地方への慰撫(いぶ)政策と、地方が一枚岩にならないように導く分断統治である。
大学の地方移転は
最もわかりやすい地方に対する人気取り政策が「地方創生」だ。人口減少を緩和し東京一極集中を是正するのがうたい文句だが、この政策も今年で言い出して4年目に入った。国のまち・ひと・しごと創生総合戦略に倣って、地方自治体も既に地方版の総合戦略を策定している。
政府は「2020年に地方と東京圏との転出入の均衡」を総合戦略で目標に掲げるものの、2015年に東京圏(東京、埼玉、千葉、神奈川)は20年連続となる11万9,000人の転入超過となった。この4年は連続して超過数が拡大している。大阪圏や名古屋圏が3年連続の転出超過を記録する中でのことだ。大半が若年層で高校や大学の卒業を契機に、進学や就職を理由にして移転しており、人口の4分の1が東京圏に住んでいる事態である。
まだ政策が本格化する前の年と言い訳するかもしれないが、いずれにせよ具体的な成果がそろそろ出てもいい頃である。まず鳴り物入りで始めた国の機関の地方移転は、今年4月に文化庁が政策立案拠点「地域文化創生本部」(仮称)を京都市内に置き、京都府や市の職員も含めて計30人が常駐する。さらに数年以内に全面移転する予定だ。
消費者庁は徳島県、総務省統計局は和歌山県で新しい部門の仕事を行うことになったが、これら地方移転によってどれぐらいの人口の移転や経済的な効果があるかも試算できていない。成果は小粒で乏しいといわざるを得ない。
地方側の批判を避けるため政府は次の目玉政策として、全国知事会の要請を受け、東京での大学の新増設抑制を検討すると昨年12月に改訂した総合戦略に盛り込んだ。夏には方向性をまとめるとする。若年層の東京集中を緩和する狙いもあるだろう。
だが、2002年に廃止された、首都圏や近畿圏で大学や工場の立地を法律で制限するといった強制的な手法の導入は難しいだろう。この政策が始まった高度成長期は、過剰な人口の急速な集中による生活環境や交通状況の悪化が目立っており、今とは状況が違う。さらに少子化の進展に伴って私立大学の経営が厳しくなってきており、国の要請を受けられないだろう。
このため知事会が求める東京23区から大学を強制的に移転させるといった思い切った対策は期待できない。結局は、都市部の大学の入学者数が定員を超過しないよう管理を徹底することや、地方から東京への流出を防ぐため反対に地方大学を振興するといった結論に終わる可能性が強いだろう。
国機関の移転が小さなスケールで終わった要因として、官僚側の反発が強かったことが挙げられる。だが、官僚の人事権をも握る官邸の政治力をもってすれば、もっと大胆な移転を進めることも可能なはずである。にもかかわらずこの程度の移転を成果として喧伝(けんでん)していることを考えれば、地方創生に対する政権の本気度を疑わざるを得ない。