6 ごみ屋敷状態の解消に向けたプロジェクト 条例のはず
大阪市条例も京都市条例も、第1条の目的規定において、ごみ屋敷状態を「適正化」すること、あるいは「解消」することに関し必要な事項を定めるとしている。原因者となる者に働き掛けてごみ屋敷状態を生じさせないようにすることについては、両条例とも責務規定の中で定めているにすぎず、京都市条例の場合は努力義務しか定めていない。このことは、両条例が、既にごみ屋敷状態になってしまった事案が数多くあることを立法事実として、その解消に向けた処理をどのように実行するかということに重点を置く条例であることを示している。
ところが、この点で気になるのは、大阪市条例が「伝家の宝刀」扱いされているきらいがあることである。ごみ屋敷状態の解消に向けたプロジェクト条例という考え方が弱まっているように思われる。強制的なごみの撤去を基本に据える大阪市条例は、条例制定によってすべてが解決に至るわけではないという考え方のもと、ごみの撤去の部分は条例の管轄とするが、それに先立って取り組むべき人への福祉的支援の部分は、条例とは別に、区役所が管轄するといったスタンスで設計されている。条例と条例外の施策をセットにしたプロジェクトである。とはいっても、条例制定前に、既に発生しているごみ屋敷問題に対し福祉的アプローチに取り組んでいるにもかかわらず、解決の目途が立たないことが問題であるとし、その理由として、法的根拠がないことや原因者本人のごみ処理費用の負担が経済的に困難であることが挙げられていた。大阪市条例は、これらを解決するために用いるべきものとして制定されたはずである。
それよりも、「伝家の宝刀」扱いすることによって、条例の成果の検証がなされないことが問題である。政策法務の視点からいえば、条例は、執行する中で有効性や妥当性が検証され、見直しも行われなければならない。条例は必ず用いなければならないということはないが、その用いられないことも含め、条例のあることが後ろ盾となって取り組まれている条例外の福祉的アプローチをもセットにして検証される必要がある。条例制定前に把握されていたごみ屋敷が、制定後どうなったかという検証がなされなければ、条例の目的に向かって効果を上げているかどうかを測ることができない。検証の結果は住民に公表し、説明責任を果たすことも必要である。
京都市条例は、パブリックコメントや議会審議において、強制的手法や罰則の適用について懸念が示されていたところであるが、ごみ屋敷状態の解消に向けたプロジェクト条例として、どのような事態にも対応できるようにと、福祉的支援から強制的手法に至るまでトータルに、とり得る手法の選択肢を広げたものとなっている。とはいっても、原因者本人が意思能力に欠ける場合などにおいては、上記5の(3)で検討した違法性に触れるようなことがあってはならないが、そうはならないと議会で明確に答弁がなされたところであり、現に問題なく執行されている。それよりも、京都市条例の肝の部分である軽微な措置が用いられないことには、もったいなさが残る。重たい事前手続を付加する議会の付帯決議については、事後報告に変更するなど見直しが検討される必要があると考える。
7 おわりに
本稿では、大阪市条例と京都市条例の規定ぶりを比較する中で、ごみ屋敷対策のための条例に規定すべき事項は、ごみの撤去の部分だけでよいのか、それとも原因者本人への福祉的支援の部分も盛り込むことがよいのかということをテーマとして考えてきた。このことは、分権時代に入って久しくなる中で、自治体が政策形成の主体となることが期待され、条例が政策の表現形式の一側面でもあることを考えれば、条例づくりの基本に関わる重要なテーマである。
伝統的な条例づくりは、政策や施策として実施しようとすることを、侵害留保など既成の考え方のフィルターにかけて、条例事項の部分とそうでない部分とを切り分けて、必要最小限のことを規定することを了としてきた。自治体行政組織には、できるだけ条例化しないことを是とするような風潮もあった。こうした受け身的で謙抑的な姿勢は、条例は法令から委任されたところを条文化するものといった中央集権的な旧来型の思考を引きずっている。条例は政策とは別物であると考える向きもいまだにある。
このような風土がある中では、条例の、住民生活の問題や課題の解決に向けた力は、十全なものになるとはいいがたい。十全といえるためには、条例を課題解決法として正面から位置づけ、「条例で政策をつくる」という発想に転換する必要がある。問題や課題を発見し、立法事実として認識し、これらを解決するために考えられる様々な手法や手続を条例の形にすることを想定し、ここを出発点として、規定事項としての重要性と必要性を見極めながら、有効性や効率性などの事前評価を行い、条例イコール政策として練り上げていくといった発想をすることが重要である。そうした発想をすることによって、条例の政策法としての位置づけが確たるものになると考える。
ごみ屋敷対策のための条例は、豊田市でも制定されるなど、今後全国各地の自治体に広がっていく気配がある。これから制定しようとする自治体は、「条例で政策をつくる」という発想を大切にしてもらいたい。
本稿執筆にあたって、大阪市では環境局事業部事業管理課が窓口となって、京都市では保健福祉局保健福祉部保健福祉総務課担当課長の金森一夫氏から、それぞれ有益な情報を提供していただいたことに深く感謝申し上げる。なお、大阪市条例については、その情報が公表されたものに限定されたため、執筆者の推測に基づく場合があることをお断りしておく。
(10) J・S・ミルの「社会のメンバーに対し、その意に反して、権力を行使することが正当とされるのは、他人への危害防止だけである」という命題を出発点として考察された、山田卓生『私事と自己決定』(日本評論社、1987年)345頁では、自己決定権を制約することができるのは、社会的制約と生命保護の場合だけであるとしている。
(11) 田中二郎『行政法総論(法律学全集6)』(有斐閣、1957年)397頁。
(12) 須藤陽子『行政強制と行政調査』(法律文化社、2014年)56頁参照。
(13) 岡田・前掲注(9)参照。