事例成功にCIOが果たした役割
システムの構築と運用は、自治体の職員が自分で開発できるような代物ではなく、IT事業者に業務を委託することになる。ICTの業務委託においては、自治体内で外部の業者に発注している他の業務と違い、その見積金額の妥当性を判断するために専門的な知見と経験を要する。自治体の中でそのようなスキルを持った職員を育てていくことは極めて困難といえる。自治体の人事制度では、ほとんどの職員が数年ごとに別の部門に異動するということを繰り返す。この環境下では、腰を据えてシステムに関する技術を、仕事を通じて蓄えていくということはかなり難しい。
さらに、県や規模の大きい市であれば、情報部門にそれなりの人数を配置することも可能だが、小規模な自治体であれば、ほんの数人ということになる。そして、人事異動の期間よりも、システムの更新期間の方が長く、それはすなわちシステムを受注したIT事業者の方が専門的知識を持ってシステムに長く携わるということを意味する。
いつの間にか、そのIT事業者によって情報システムが支配されてしまう、いわゆるベンダーロックができ上がる。更新のたびにコンペは行うものの、その事業者が何期にもわたって受託し続けるという形が生まれ、請求される金額は高止まりをする。
外部から専門的な知見を持ったCIOを採用することで、自治体職員には手に負えない技術的な面で対等にベンダーと渡り合うとともに、ベンダー主導によるシステムに潜む無駄な部分を省くことができる。こうした専門家の登場により、既存のベンダーの優位性が薄められ、企画コンペに参加するベンダーの間に競争原理が働くようになり、質の高い製品やサービスの提案がより低い価格でなされるようになる。
(3)の市町の共同利用の事例では、情報担当職員の数が少なく、自前では単独で外部人材のCIOを採用できない市町がひとつにまとまって既存ベンダーに立ち向かうことに加え、私も市町と一緒になり前面に立つことで大きな交渉力を持つこととなった。
(4)のテレワークに関しては、私自身、前の会社で15年にわたってテレワーク環境で実際に働いてきた経験が戦略の策定には大いに役に立った。佐賀県の導入が短期間のうちに成果を出している理由は、テレワーク成功のための3つのファクター(①情報インフラの整備、②テレワーク推進のための制度の整備、③組織風土の改革)の全ての完成度を高めたことにある。これら全てを、未経験の中から想像したり、民間企業の先進例の視察を行ったりすることからつくり上げていくことは極めて難しいといえよう。長年にわたる実地で経験していたことで網羅的に戦略を練ることができた。
外部からCIOを採用する場合のポイント
これらの成功事例を生み出した要因には、外部専門家をCIOとして招くだけでなく、もうひとつ大きなファクターがある。それは、外部専門家の力を十二分に発揮させるための体制をつくった上でCIOを招くということである。
具体的には、首長(ここでは知事)がトップダウンでCIOを設置してまで改革を行うのだという明確な意思を全職員に向けて示すことが最重要ポイントである。
ICTを活用して業務改革を行うには、情報部門だけではなく組織の壁を越えて複数の部門で進める必要がある。部門間に横串を刺し、全体最適な戦略が必要となる。そこにはやはりトップの明確な意思は最低限不可欠であり、そのトップの意思を現場で実際に実行に移すCIOには、それなりの強い権限が与えられる必要がある。
また選ばれるCIOの側にも、トップからそれだけの権限を与えられ、大きな組織を動かすことになるため、そのための知見と経験を持った人間が必要となる。
自治体が外部人材を招いて改革を行うための組織体制と役割を図に示す。
首長は、「ビジョンを提示し、意思決定を行う」・「外部人材の活動を担保する」・「その結果に責任を負う」形で、外部人材に委任を行う。
外部人材には、「IT専門知識と組織マネジメント力を持つ」人を選ぶ必要があり、「片道切符」(元いた会社や組織に戻る道筋を排除すること)で採用することが求められる。外部人材にとって、公務員組織での業務改革は戦いの連続となる。帰る場所があると、どうしてもその戦いに立ち向かう気持ちを持ち続けることの障壁となるためである。
外部人材は、現場でプロジェクト全体を取り回すフォロワー、それぞれの担当部門の現場人材と三角形の関係となり、その頂点に位置する。その上で、「首長の意を受け、現場で陣頭指揮を執る」、「全体最適を図る戦略を立案する」、「変革のためには嫌われ役も担う」、「その結果に責任を負う」。
フォロワーはその自治体の職員から、外部人材をサポートする人を選び、それをきちんと仕事として任命する。複数人でCIOサポート部隊を結成できればなおよい。フォロワーには「当事者意識」が求められ、具体的な「アクションプランを現場に示し」複数の部門とともに動かなければならない。各部署を調整して回れる人間であり、外部人材に対して、「その方法では行政組織は動かない。こんな方法で動かしたらどうか」という健全な批判や提言ができる人間が最適である。