3 議会におけるチェックポイント
(1)必要となる条例の制定・改廃
① 行政不服審査会(設置)条例
自治体は、改正法の施行に伴い附属機関として審査会を設置する必要があるため、その組織及び運営に関し必要な事項を条例で定める必要がある(改正法81条4項、以下当該条例を「審査会条例」という)。審査会の制度設計については後述するが、常設の場合はもちろん、非常設の場合であっても、審査庁から諮問があった場合の対応のため、その組織及び運営に関する事項を定めた条例が必要である。これに対し、審査会を複数自治体で共同設置する場合は関係自治体の協議により規約を定める必要があり、その中で、審査会の組織及び運営について定めることになる(地方自治法252条の7第1項、252条の8)。いずれにしても、ほとんどの自治体では既存の情報公開・個人情報保護審査会のような附属機関(以下「情報公開等附属機関」という)の設置及び組織に関する条例(以下「情報公開等附属機関条例」という)の規定をベースとし、国の審査会の組織に関する定め(改正法68条〜73条)を参考に条例の内容を検討することができるだろう。
その際、審査会条例の施行後直ちに審査庁から諮問があっても対応できるよう、審査会の委員の選任については準備行為として同条例の施行前に実施できるよう手当てを行うのが妥当である(改正法附則2条参照)。
② 情報公開条例、個人情報保護条例
これらの条例において、審理員制度の適用を除外する場合には、当該条例にその旨の特別の定めを置く必要がある(改正法9条1項ただし書)。その際の規定内容としては、行政不服審査法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(以下「整備法」という)に基づく改正行政機関の保有する情報の公開に関する法律18条、改正行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律42条が参考になるだろう。なお、これらの条例に限らず、自治体が独自に条例に基づく処分を定めている場合には、審理員制度の適用を除外するか否かについて個別に検討を行い、適用を除外する場合には当該条例にその旨の特別の定めを置くことになる。
③ 情報公開等附属機関条例
特に都道府県や政令指定都市などの大規模自治体において、常設の審査会を設置して情報公開等附属機関をこれに統合する場合には、審査会条例の施行に併せて既存の情報公開等附属機関条例を廃止する必要がある。
④ 手数料条例
改正法の施行により、審査請求人は各種記録・資料のコピーができるようになるため(改正法38条1項、66条1項、78条1項)、条例によって実費の範囲内でその手数料を定める必要がある(改正法38条4項、6項、66条1項、78条4項、81条3項)。この点に関する条例を新たに制定することも当然妨げられないが、ほとんどの自治体は既存の手数料条例の改正で対応できるものと思われる。その際、手数料の金額の定めだけでなく、減免の定めを関連規定(改正法38条5項、66条1項、78条5項)に従って定める場合には、減免決定を行う主体が審理員だったり審査会だったりするので、この点に関する手当てを失念しないよう留意が必要である。
手数料の金額については、審査請求人に紙ではなく電子ファイルを提供する場合の手数料を含めて、行政機関の保有する情報の公開に関する法律施行令別表及び改正法の施行令の規定が参考になるだろう。
(2)審理員の制度設計
審理手続の主宰者である審理員は、関連する事実関係を証拠に基づいて確定する必要があるのみならず、関連する法律についても解釈・判断することが必要となる。なぜなら、審理員は、最終的に審理員意見書を作成しなければならないが(改正法42条1項)、この審理員意見書には、審査請求の対象となっている処分等に関し、適法又は違法の意見を記載しなければならず、当該意見を記載するためには、確定した事実を法律に当てはめて適法か違法かの判断をする必要があるからである。
よって、審理員には、最低限、審理員意見書を作成するに足りる法的素養が求められる。また、審理手続を主宰するという観点と審理員意見書を作成するという観点から、審理員には、法的素養のほか、相応のコミュニケーション能力、論理的思考力、文書作成能力が求められる(2)。
これらの能力・資質を全て備えている自治体職員は、現実的にはそれほど多くはないと思われる。
ところで、現行法の下において、自治体の審査庁は知事や市町村長であることが多いと考えられるが、実際にはこれらの者が自ら審理を行うことはなく、しかるべき職員に必要な調査等をさせ、裁決書の起案を行わせるのが通常であろう。
ここでひとつの疑問が生じる。すなわち、「しかるべき職員」には、不服申立ての対象となっている処分の適法・違法を判断するだけの法的素養が求められるはずだが、なぜこれまで実務上この点が問題にならなかったのか。
その答えは「しかるべき職員」が当該処分を行った処分庁に所属する職員、場合によっては当該処分を行った職員自身であることが少なくなかったためと考えられる。
確かに、処分庁所属職員であれば、当該処分庁が行う処分に関する一定の法的知識を有しているはずであるから、当該処分の適法・違法の判断も可能であろう。
しかし、ある処分に不服が申し立てられた場合、その審理を処分を行った者と同じ者が行うというのは、裁判でいえば被告が裁判官を兼ねるようなものであって、到底公正な手続とはいえまい。
改正法は、この点を解決し、手続の公正性を向上させるため、審理員に除斥事由を定め、審査請求に係る処分等の決定に関与した者は審理員となることができないと定めた(改正法9条2項1号)。
これによって、現行法の下では事実上問題とならなかった審理員確保の問題が生じることになる。すなわち、ある処分に対する審査請求がなされた場合、処分庁所属職員は多くの者が「決定に関与した者」として審理員になることができず、その他の職員を審理員として指名する必要がある。つまり、上記の審理員に求められる能力・資質を備えている職員を、処分庁以外の部門に所属する職員から確保しなければならないことになるが、そのような職員は限定的と思われるため、この点が実務上の課題となるのである。
この課題への対応策は大きく2つある。
1つ目の対応策は、あくまで審査庁所属職員から審理員を指名することである。この場合の審理員の最有力候補は法務部門所属職員であろう。ただし、法務部門所属職員は、処分庁が処分をするに当たり、法律相談を受けている可能性があり、これをもって「決定に関与した者」とみなされれば、除斥事由に該当するため審理員となることができない。そこで、法務部門所属職員がどの程度の法律相談を受けていれば審理員の除斥事由に該当するのかが問題となるが、この点の検討については筆者の別稿を参照いただきたい(3)。仮に、現役の法務部門所属職員が除斥事由に該当する場合、次に有力なのは前任の法務部門所属職員(前法務課長、前法務係長等)であろう。
2つ目の対応策は、外部人材、特に弁護士を特定任期付職員又は非常勤職員として採用して審理員とすることである。この対応策のメリットは、法的専門性を有する外部人材が審理員となることにより、手続の公正性や住民の権利救済の実効性が向上すると考えられること、除斥事由に関する配慮が原則として不要となることである。ただし、当該職員を審理員の専門要員とする場合はともかく、例えば弁護士を特定任期付職員として採用して、審理員だけでなく各部門からの法律相談業務も担当させる場合には、上記法務部門所属職員への法律相談と同様、除斥事由該当性の問題が生じる点には留意が必要である。
2つ目の対応策による場合に越えなければならないハードルのひとつに、関連予算の問題がある。しかし、年間の不服申立件数の見込みが数件程度にとどまる自治体が、非常勤職員として弁護士を採用する場合、報酬は勤務日数に応じて支払われることになるのが原則であるから(地方自治法203条の2第1項、2項)、その総額は年間数十万円程度(事案の複雑性にもよるが、ほとんどの事案が1件当たり10万円〜30万円程度に収まるだろう)と考えられる。そうであるとすれば、審理員を外部人材から登用する方法は、改正法の目的(国民の権利利益の救済・行政の適正な運営の確保)を達成するための施策として、過大な財政負担がかかると評価されるものではないと思われる。
また、外部人材の場合、通常自治体の内部事情や実務に精通していないことから、審理員とすることに疑問を呈する向きもある。しかし、弁護士についていえば、問題となっている処分の根拠法令さえ分かれば、その解釈・適用を通じて当該処分の適法・違法を判断することに支障はない。普段見慣れない法令が根拠である場合であっても、関連判例・裁決例・学説その他の解説書や論文を調査・分析することで、十分合理的な判断ができると思われる(当該処分の当・不当についても、収集しうる限りの全国各地の過去の裁決例から、当・不当判断に求められる視点を得れば、その応用によって判断できるだろう)。なお、審理手続の流れや審理員に付与されている各種調査権限も民事裁判手続に類するものであって、日常的に裁判実務を取り扱っている弁護士であれば特に混乱なく遂行・行使できると考えられる。一方、内部人材の場合、むしろ当該自治体の内部事情や実務に精通しすぎて、伝統的に行われてきた法令解釈や実務運用について疑問を感じなくなってしまっている可能性も否定できず、法務担当職員といえども数年間のサイクルで人事異動するのが一般的な自治体においては、必ずしも外部人材に比べて審理員に適当とまではいえないだろう。
以上により、自治体としては、改正法において審理員の果たすべき役割が重大であることを踏まえ、当該自治体が法務部門を有する場合は1つ目の対応策をベースに、そうでない場合は2つ目の対応策をベースに制度設計をするのが妥当と思われる。
(3)審査会の制度設計
自治体の審査会の制度設計は国のそれより柔軟であり、場合により複数自治体による共同設置(地方自治法252条の7)や他の自治体への事務の委託(同法252条の14)等も可能である(改正法81条)。これに対し、自治体単独で審査会を設置する場合の主なポイントは2つ、具体的には、 ①審査会の常設・非常設の選択及び②既存の情報公開等附属機関を残すか否かの選択である。
①の選択は、常設の審査会を設置することが「不適当」又は「困難」であるときは、非常設の審査会とすることができることに由来する(改正法81条2項)。
ここでいう「不適当」とは、不服申立ての件数が僅少であるなど審査会常設の費用対効果が低いと考えられる場合など、「困難であるとき」とは、常設の審査会を置く場合に委員の適任者を確保することが困難である場合などが当たるとされている(4)。
よって、自治体においては、特に当該自治体の過去数年間の不服申立件数を勘案し、その平均が2、3件を下回るようであれば、審査会を非常設とすることも考えられる。
ただし、このような場合、仮に審査会を常設としても、審査会委員の報酬は開催実績に基づいて支払われると考えられるので、条例の体裁はともかく、実際の費用対効果は常設と非常設の場合でそれほど大きく異ならないと思われる(厳密には、常設の場合、委員の選任手続と任期の管理(任期満了に伴う新たな委員の選出や任期の更新)等の事務が生じるため、費用対効果の面で非常設の場合と全く異ならないというわけではない)。
②の選択は、条例に基づく処分については、条例に特別の定めをする場合は審理員制度の適用を除外することができ(改正法9条1項ただし書)、これに伴い審査会制度も不適用となることから(改正法43条1項は「審査庁は、審理員意見書の提出を受けたときは」審査会に諮問しなければならないと定めている)、情報公開条例等に基づく処分に対する不服申立てについては、従来どおり情報公開等附属機関に諮問することが考えられることに由来する。
この点については、都道府県や政令指定都市などの大規模自治体においては、審査業務の合理化・効率化のため、常設の審査会を置き、これに伴って既存の情報公開等附属機関を廃止し、必要に応じて専門部会を設置するという形での対応を検討すべきと考える。これに対し、大規模自治体以外の自治体においては、審理員となるべき人材の確保の困難性や実務の混乱を避けるといった理由から、できる限り従前の手続を踏襲すべく、条例に審理員制度の適用除外を定め、既存の情報公開等附属機関を残置するということも考えられるだろう(5)。