認知度拡大の簡易な3方法
Attention(認知)を高める方法は様々ある。本稿では3点に絞り言及する。いずれの取組も比較的効果が上がっている事実がある。なお本稿で言及する手法が、100%確実に効果が上がることを保証するわけではない。その理由は効果が測れなかった自治体もあるからだ。筆者の調査や経験から、おおよそ効果が上がったと思われる取組を紹介する。
第1に「ラッピング車両」を紹介したい。ラッピング車両とは、あらかじめ広告を印刷したフィルムを車体に貼り付けた鉄道車両である。本稿では「ラッピング車両」としているが、鉄道車両に限定されることなくバスやタクシー等も想定される。
読者の中には、ラッピング車両を目にした人もいるだろう。このラッピング車両は、不特定多数の人が見る機会が多いため「Attention(認知)」の拡大に効果があるといわれている。富山県や青森県、秋田県などは山手線においてラッピング車両を走らせている。そして少なくない自治体では、ラッピング車両を走らせてから観光客数が増加している。
2012年の時点で山手線内の1日の乗降者数は約630万人と推計される。ラッピング車両を走らせることにより、約630万人が目にする可能性がある。同時に、走っているラッピング車両を見る人は乗降者だけに限らない。山手線内及び周辺で生活をしている全ての人が対象となる。その意味では、約630万人以上がラッピング車両を見てAttention(認知)する可能性がある。ラッピング車両はAttention(認知)効果が非常に高いと考えられる。しかし、山手線の場合は費用が高いのが難点である。
図3:山手線ラッピング車両と駅構内掲示ポスター(秋田県提供)
山手線において、電車の1編成を独占して広告を掲出する場合は(ラッピング車両+車内においても広告)、1編成で半月の料金が2,030万円となっている(時期により異なる)⑸。この料金には、印刷加工費、施工費、東京都等への申請費、屋外広告協会審査料は含まれている。そのため広告のデザインを作成すれば、原則として、上記の料金で依頼することができる。都道府県や政令指定都市の大規模な自治体ならば、このAttention(認知)のための費用を拠出することはできるかもしれない。しかし規模の小さな自治体は難しいだろう。そこで費用がかからず、簡単にAttention(認知)を実行できる手法を次に紹介したい。
第2に、口コミの活用が挙げられる。口コミとは「知人同士を経由し伝播される商品やサービスの情報」と定義できる。読者の中に「口コミだってぇ?」とけげんな顔をする人がいるかもしれない。しかし口コミは大きな力を持っている。口コミから登場したヒット商品は少なくない。昨今では、ネット(ウェブ)の普及とともに、ネットにおいて口コミを拡散することで商品やサービスの購買促進を図るマーケティング手法も登場してきている。自治体がシティプロモーションを実施する際に、口コミを意図的に創り出すことも重要である。そして費用もほとんどかからない。
例えば、ある市の職員が京都にプライベートで観光に行ったとする。そしてその市職員が京都のお店で昼食をとるときに、店員に対して「僕は○○市から来ました」と、勝手に自分が勤務する市をアピールするのである(職員はプライベートで行っているため、職員の人件費もかかっていない。つまり完全に0円の取組である)。これが口コミを意図的に創り出す手法であり、筆者は「口コミ創出活動」と称している。
職員ひとりの口コミは小さなものである。しかし全職員が口コミ創出活動を実行すれば大きな活動になっていくだろう。さらに住民も巻き込み自治体全体で実施すれば、大きな波動となり口コミは拡大していく可能性がある。
口コミ創出活動は副次的な効果を導出する。それは口コミを実施する人が自分たちの地域をよく知らなくては、口コミのスタートが切れない点である。口コミ創出活動をするためには、前提として自分たちの地域をよく知らなくてはいけない。すなわち口コミに取り組むことはシビックプライドの醸成にもつながっていく。口コミ創出活動の費用はかからないため、ぜひ読者も率先的に取り組んでほしい⑹。
第3に、筆者が勧めているのは審議会を活用することである。自治体には多くの審議会が設置されている。その審議会のメンバーに有識者委員としてマスコミ関係者に入ってもらうことを推奨している。認知度の向上は、マスコミを活用⑺するのが近道である。マスコミを通じて全国に発信してもらうことは効果的な戦略である。マスコミ関係者は審議会に入った手前、その審議会の内容は(自治体から頼まれれば)報道せざるを得ない状況になる。この積み重ねが認知度の拡大につながっていく。また審議会を通して、自治体職員がマスコミ関係者との信頼関係を構築すれば、自治体から情報を提供したときに取り上げてくれる可能性も高まるだろう。
さらに指摘すると、言い方に語弊があるかもしれないが、「次長」がねらい目である。自治体においても次長は比較的時間がとれる(部長との比較の上で時間がとれる)。そして権限はある程度持っている。自治体と同様にマスコミにおいても、次長は比較的時間を確保することができる。そのため審議会に参加できる時間がある。筆者の経験になるが、部長に依頼すると代理出席が多くなり、担当者が参加することが多かった。その結果、当初意図したように報道されないことがあった。次長は毎回審議会に出席し権限もある程度持っているため、(自治体がお願いすれば)ほぼ報道してくれる。しかも、審議会の出席謝金を辞退する傾向も強い。まさに費用がかからない認知度の拡大である。
読者なりに認知度を拡大する方法を考えてほしい。また、筆者は認知度拡大に向けた様々なアイデアを持っているため、連絡をいただければ一緒に考えたいと思う。
そのプロモーションは
「眠い」か「とがって」いるか
以前、筆者はある自治体のシティプロモーション担当者と意見交換をした。その担当者は、筆者に対して熱心に自分の勤務する自治体をアピールしてきた。「うちには、おいしい地元料理があります」、「海の幸山の幸にも恵まれています」、「教科書に載るくらい歴史的資源も多数あります」、「気候も温暖で、とても住みやすい地域です」、「もちろん、人もすごくいい人ばかりです!」などと、その自治体の良い点を多数アピールしてくる。この自治体の担当者だけではなく、多くの自治体に共通する行動である。
担当者の「シティプロモーションを成功させたい」という熱い思いが伝わってくる。この「熱い思い」は、とても良いことである。熱い思いがないと、成功への可能性は閉ざされてしまう。しかし、熱い思いだけでもよくない。担当者の話を総合して、その自治体のキャッチフレーズを考えると「人、自然、歴史に恵まれたやさしいまち」となってしまう。読者の中に「人、自然、歴史に恵まれたやさしいまち」と耳にして、「住んでみたい!」や「観光してみたい!」と思う人はどれくらいいるだろうか。たぶん限りなくゼロに近いと推測する。
自分たちの地域資源を全てアピールすることは総花的になってしまう。総花という意味は「関係者全員にまんべんなく恩恵を与えること」であり、決して悪いことではない。しかし総花的ということは抽象的であり、シティプロモーションの観点から考察すると「訴求効果がない」ことを意味する。つまり魅力がないのである。魅力がなければ定住人口も交流人口も増加しないため、結果的に関係者全部に対する恩恵は発生しないことになる。
ここで紹介した「人、自然、歴史に恵まれたやさしいまち」のようなキャッチフレーズを「眠いキャッチフレーズ」という。眠いとは「抽象的で、他の地域(自治体)でも転用できる」という意味である。そもそもキャッチフレーズの意味は「広告や宣伝で、感覚に訴えて、強い印象を与えるように工夫された短い文句」である⑻。何よりも「強い印象を与える」ことが大切である。強い印象を与えるキャッチフレーズを「とがったキャッチフレーズ」という。とがらなければ、認知度拡大もないし選ばれることもない。しかし相変わらず、多くのシティプロモーションは眠いキャッチフレーズで問いかけている状態である。
とがったプロモーションの成功事例は香川県である。香川県の地域資源は、善通寺や丸亀城、こんぴらさんなど多数ある。その全てを網羅したキャッチフレーズを考えたのではなく、一言「うどん県」でプロモーションをかけた。この「うどん県」により、香川県の認知度は向上し交流人口も拡大している⑼。最近では徳島県の「vs東京」が注目を集めている。巷間では「徳島県が東京にケンカを売った」として話題となっている。この「vs東京」もとがったプロモーションといえる。なお、徳島県の資料には、どこにも「東京にケンカを売った」とは記されていない⑽。
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今回は認知度拡大の取組を中心に言及した。次回は定住人口の獲得や交流人口の増加について示したい。キーワードは、メイン・ターゲット、戦略性の確保、実効性の担保などである。
⑴ 本稿はシティプロモーションの方向性として6点を示している。この6点は既存のシティプロモーションの取組から筆者が類型化したものである。しかしシティプロモーションは、今後大きく広がっていく能動的な活動であるため、この6点に限定される必要はないだろう。例えば「協働人口の獲得」も考えられる。協働人口とは「自治体や地域の様々な主体と一緒に地域づくりをする人口」と捉えることができる。また定住人口も、その属性を細分化すると、住民登録をしている定住人口に加え、必ずしも住民登録をしていない定住人口もある。住民登録していない人口とは、一時だけ滞在する「滞在人口」である。一時とは数日間の滞在ではなく、あるまとまった期間の滞在である。また2地域を往来する「2地域居住人口」などに分けられる。
観光庁の発表によると「定住人口1人当たりの年間消費額(121万円)は、旅行者の消費に換算すると外国人旅行者11人分、国内旅行者(宿泊)26人分、国内旅行者(日帰り)81人分に当たる」と推計している(2014年2月24日)。つまり訪日客11人で定住1人分消費である。滞在人口の増加は年間消費額という観点から人口減のデメリットを補う可能性がある。
⑵ 一部には6点の中で、「どれが正しい」や「どれが間違っている」という議論がある。これは全くナンセンスである。自治体の置かれている立場やスタンスにより、取り組む内容も当然異なってくる。例えば「シティプロモーションは交流人口の獲得だ」と決めつける人は自らの思考を他者に押し売りしている状態である。この思考の押し売りは、地域のことは地域が決めるという「地域自決権」を無視している。ただし、自治体が取り組むシティプロモーションは6点のどれを選択しようと、最終的に「住民の福祉の増進」に結びつかなければ「間違った取組」といえるだろう。
⑶ AIDMAの法則に類似しているものとして「AIDCA(アイドカ)の法則」がある。AIDCAの法則もAIDMAの法則と同様に、消費者が購買行動を行うまでの心理的な過程を表した消費者行動分析モデルである。消費者があるサービスや商品を知って購買行動に至るまでに、次の5段階があるとされる。①Attention(認知)、②Interest(興味)、③Desire(欲望)、④Conviction(確信)、⑤Action(購買行動)である。つまり、消費者が購買行動を起こすまでに、まず製品に注目し関心を持ち、所有欲を起こし購買によって充足感が得られるという確信を持ってから、購買するという行動を起こす心理プロセスである。
一方でネット(ウェブ)での購買行動の消費者行動分析モデルとして電通により「AISAS(アイサス)の法則」が提唱されている。ネットにおいて、消費者があるサービスや商品を知って購買行動に至るまでに、次の5段階があるとされる。①Attention(認知)、②Interest(関心)、③Search(検索)、④Action(購買行動)、⑤Share(共有、商品評価をネット上で共有し合う)である。購買に際して、サービスや商品を吟味するための「記憶」や「確信」の機会が少なく、その代わり「検索」と「情報共有」とが購買決定の要因として重要視されている点が特徴である。
今日、様々な消費者行動分析モデルがある。これらに共通しているのは、消費者に購買行動を起こしてもらうためには「Attention(認知)」が重要ということである。
⑷ ブランドの語源は、牛を放牧する際に自分の所有する牛を他者の牛と区別するために押す焼印(burned)といわれている。つまりブランドとは、自分の牛と他者の牛との「違いをつくる」や「差別化する」という意味がある。違い(差別化)ができるからこそ、付加価値が生まれ、高級品へと転化していく。現在では、高級品をはじめとする商品やマークだけにとどまらず(商標)、受け手が連想する価値や世界観など価値を感じるあらゆるものと考えられている。地域ブランドとは、地域の違いづくりのはずである。しかし自治体が取り組む地域ブランドは、他地域の二番煎じが多い(違いづくりではなく模倣である)。ここに地域ブランドが失敗していく原因がある。
⑸ 電車の外側をラッピング車両とし、車内においても窓上ポスターや中吊りポスターなど電車1両を特定商品のアピールで埋め尽くすことを「電車ジャック」という。ちなみに、どんなに電車ジャックを行っても、訴求を意図した広告にしなければ意味がない。訴求効果を求めるためには、「何を」、「誰に」売り込むかを明確にしなくてはいけない。しかし、この「何を」と「誰に」ということが不明瞭なシティプロモーションが多い。その結果、訴求効果は得られず、シティプロモーションの成果が上げられずにいる。自治体の観光振興を意図した中吊り広告で、たまに方言を用いている場合がある。自治体は方言で書き込むことにより特徴を出していると思われる。しかし筆者には、何を言っているのかさっぱり分からない。よく考えれば方言の言おうとしている意味も推測できると思われるが、「よく考えている」時間はない。このような広告は訴求効果がないのではなかろうか(そう感じているのは筆者だけかもしれないが…)。訴求効果を意図した広告を作成するポイントは「自分たちが言いたいこと」だけを書くのではない。この観点に加え「他人がどのように読むか」も考えながら作成することが基本である。しかし多くの自治体は、自分たちが「言いたいことだけ」を広告にする傾向にある。注意が必要である。
⑹ 口コミのメリットを言及した文献を紹介しておきたい。田中義厚『「口コミ」の経済学』青春出版社(2003年)。また「八王子くちコミ隊」も注目すべき活動である。詳細は次のURLを参照してほしい。http://www.kuchikomi802.com/index2.html
⑺ しばしば活用ではなく「利用」という思考が自治体(職員)には見受けられる。利用とは「(ある目的を達するために)便宜的な手段として使うこと」という意味がある。一方で活用とは「物や人の機能・能力を十分に生かして用いること」である。利用は結果的に憎まれ、活用は最終的に感謝される。気持ちの持ち方かもしれないが、注意が必要である。
⑻ 良いキャッチフレーズの要素として、驚き、注目、共感、好奇心、新規性、地域性、社会性を書き込むとよいとされる。この全てを網羅するのではなく、目的に応じて書き込む要素を取捨選択していく。
⑼ 日経リサーチが発表した「都道府県『ブランド力』ランキング」(地域ブランド戦略サーベイ2013)において、香川県は「うどん県」開始の前(2010年調査)と比較して総合スコアは69ポイント上昇した。その結果、順位も24位から14位へと躍進している。また観光客も「うどん県」を始めてから増加の傾向にある。東日本大震災により観光客が一時的に減少したが、「うどん県」の実施後、震災以前よりも多くの観光客を集めている。
なお、食を活用した地域振興をする場合は、市場の大きさに注目する必要がある。うどんもカレーも焼きそばも市場が大きいため成功する可能性が高まる。以前筆者は、コロッケによる地域振興に取り組んだ。しかし市場が大きくないため、県境を越えてのヒットには行きつかなかった。
⑽ 筆者はある自治体のシティプロモーションに関わったときに、「○○市にケンカを売ってマスコミから注目されたらどうか」と提案したことがある。しかし管理職を中心に「そんなことできないし、したこともない(そしてやる気もない)」と一蹴された経験がある。筆者がある自治体に提案したことは、まさに徳島県が発表した「vs東京」であった。シティプロモーションの成功は、結局は自治体の意識がどれだけ変わるかにかかっているし、どれだけ危機意識を認識しているかにかかっているのだと思う。(写真提供徳島県)