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2025.05.26 政策研究

第5回 大田原市新庁舎建設のコンセプト「庁舎は誰のために」

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前大田原市長 津久井富雄

プレハブ庁舎

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 今年は、大田原市が誕生して70周年になります。ここにも隠れた歴史があります。昭和の大合併、1954年に大田原町、金田村、親園村が合併して大田原市となり、その後、野崎村の一部を編入。1955年には、西那須野町鍛冶屋、佐久山町を編入しました。西那須野町全体との合併も視野に入れていたようなのですが、かなわず将来の夢となりました。大田原町役場を市の庁舎としました。県北の中心の町に役場が落ち着くのは当然でした。妻の祖父・前田豊蔵は合併時の初代の市議会議員でしたので、大田原市本庁舎となった旧大田原町役場を活動の場としていました。
 1963年、将来の西那須野町との合併を想定し、自治体の境である現在地、湿地を埋め立てて大田原市庁舎を新築移転しました。この庁舎は、屋上に時計台を兼ねた展望台を設置したものでした。1999年に私が大田原市議として初登庁したのは、この庁舎でした。平成の大合併(2005年)により、大田原市が湯津上村、黒羽町を編入合併し、新生大田原市が誕生しました。本庁舎は当然、旧大田原市役所です。

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津久井富雄(前大田原市長)

この記事の著者

津久井富雄(前大田原市長)

1999年12月市議会議員として政治の道を歩む。税の上手な使い方と豊かな地方創生を目指す。栃木県議会議員を経て、2010年4月より大田原市市長を3期12年勤め、目標達成のために吉田寛教授の市民と市長の貸借対照表に出会い市行財政運営の指針とした。2011年東日本大震災、関信越豪雪、東関東豪雨、新型コロナ感染症等立て続けに起きた天変地異の渦中で薄氷を踏みながら、目標達成の為に決断と実行で行財政改革を進め、豊かな大田原市創生の礎を築いた。

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