弁護士 渡邉健太郎
「地方自治勉強会」について
この勉強会では、議員と弁護士とが、裁判例や条例などを題材にして、それぞれの視点からざっくばらんに意見交換をしています。本稿では、勉強会での議論の様子をご覧いただければと思います。発言者については、議員には〔議〕、弁護士には〔弁〕をそれぞれ付しています。
なお、勉強会は自由な意見交換の場であり、何らかの会派、党派としての見解を述べるものではありません。
〔今回の勉強会の参加者(五十音順)〕
石田しんご(品川区議会議員)
磯貝朋和(弁護士・第二東京弁護士会・千代田麹町法律事務所)
江口元気(立川市議会議員)
大倉たかひろ(品川区議会議員)
金岡宏樹(弁護士・愛知県弁護士会・SAK法律事務所)
滝口大志(弁護士・第一東京弁護士会・丸の内仲通り法律事務所)
千葉貴仁(弁護士・第一東京弁護士会・東京リーガルパートナーズ法律事務所)
本目さよ(台東区議会議員)
渡邉健太郎(弁護士・第一東京弁護士会・堀法律事務所)
はじめに
滝口大志〔弁〕 公立学校では、部活動が盛んに行われており、学校教育での大切な一場面といえます。部活動経験のある人には楽しい思い出もあれば、大変だった思い出もあることでしょう。そのような部活動に一大変革がなされています。「部活動の地域移行」です。
渡邉健太郎〔弁〕 現在、各地の自治体が「部活動の地域展開」に取り組んでいるところです。今回は、その課題等を含めて考えてみたいと思います。今回は、私が発表を担当させていただきます。
一同 よろしくお願いいたします。
なぜ「地域移行」なのか
滝口〔弁〕 部活動の地域展開が進められることになった理由について教えてください。
渡邉〔弁〕 少子化や人口減少の加速化が大きな理由です。中学生世代では今後30年で3割減少すると予測されており、中学校で現状の部活動を維持することが困難になると考えられています。教員にとっても部活動が大きな負担となっており、教員の働き方改革としての意義もあります。
石田しんご〔議〕 地域によっては、そもそも現状で部活動に人が集まらないという問題があります。少子化により、学校単位では部活動が機能しない。特に地方では、生徒の人数が減ったためにその問題は顕著に出ており、特にチームスポーツができない状況にあると思います。
部活動の地域展開の課題は何か
金岡宏樹〔弁〕 部活動を地域展開することで考えられる課題としては、どのようなものが考えられているのでしょうか。
渡邉〔弁〕 様々な課題が挙げられますが、私が考える課題としては、以下のとおりです。課題はたくさんありますが、今回はいくつかピックアップして議論したいと思います。
① 事故発生時の損害賠償責任
② 指導者の質や量
③ 地域クラブ活動を行うに当たって受益者負担とすることで、経済的に困窮している家庭に対してどのように対応するのか
④ 地域クラブ活動を行うに当たっての活動場所の確保
⑤ これまでに学校単位での参加のみが認められている大会において、地域クラブのチームが参加することの可否
⑥ 教員が兼業により地域クラブ活動にて指導を行う場合の対応
地域移行での自治体の役割は何か
石田〔議〕 部活動の地域移行において、自治体はどのような役割を果たしているのですか。
渡邉〔弁〕 基本的には、市区町村において、協議会を設置し、地域におけるニーズや課題を把握した上で、どのような運営主体が行うのが望ましいかを検討していきます。その上で、運営団体を確保し、また、具体的に地域クラブ活動を実施するために必要な指導者や活動場所等を確保し、生徒や保護者、住民らへの周知を経て、段階的に地域展開を進めていくケースが多いかと思います。
石田〔議〕 都道府県の役割を教えてください。
渡邉〔弁〕 都道府県については、基本的な方針を提示し、情報発信等を行いますが、地域によって実情が大きく異なります。基本的には、各市区町村が中心となって進めていることが多いようです。
石田〔議〕 すでに具体的に地域展開を進めている自治体はあるのでしょうか。
渡邉〔弁〕 様々な自治体で、すでに具体的に地域展開に向けた活動が進められています。私が知っている中で一例を申し上げると、静岡県の掛川市では、令和8年8月に中学校における部活動が全て終了し、その後は、新たに創設される「かけがわ地域クラブ」が主体となって地域クラブ活動を行っていく予定と聞いています。
千葉貴仁〔弁〕 すでに先進的な活動を行っている自治体もある一方、部活動の地域展開が進んでいない自治体もあると思うのですが、このように自治体によって差が生じている理由としては、何か考えられるのでしょうか。
渡邉〔弁〕 部活動の地域展開が進んでいない自治体については、地域展開に取り組まないという方針を明確に示しているのではなく、むしろ、どうやって進めていけばいいのか分からない、というのが実情ではないでしょうか。小さな市町村では、スポーツ協会も小規模で、実質的になかなか動けないため、運営主体となるのは難しい状況にあると思います。このように、それぞれの地方によって、整っている程度が全く違うといえます。
地域移行すると何が変わるのか
滝口〔弁〕 具体的には、部活動をどのように地域に展開していくことが考えられるのでしょうか。
渡邉〔弁〕 部活動は学校教育の一環として位置付けられています。地域展開後の活動は、学校と連携して行う地域クラブ活動としての位置付けとなります。
滝口〔弁〕 運営の主体が代わるのでしょうか。
渡邉〔弁〕 これまでは学校が主体となり部活動を行ってきました。地域展開においては、市区町村はもちろん、総合型スポーツクラブや民間事業者といった多様な組織・団体が主体となって地域クラブ活動を運営・実施していくこととなります。
滝口〔弁〕 指導者は代わるのでしょうか。
渡邉〔弁〕 指導者についても、これまでは学校の教員が行ってきました。基本的には地域の指導者が指導を行っていくことになります。教員が兼業することも可能です。
金岡〔弁〕 地域移行した場合には、費用面では変わるのでしょうか。
渡邉〔弁〕 地域クラブ活動に係る費用については、なるべく低廉な費用を想定しつつも、受益者が負担することを原則とする考え方がとられています。
千葉〔弁〕 地域移行できない自治体はどうなるのでしょうか。
渡邉〔弁〕 学校部活動を存続させつつも、地域連携を行う方法についても当面は併存させることとなっています。地域の実情に応じ、直ちに地域展開を行うことが困難な場合には、学校部活動を継続しつつも、合同部活動を導入することや、部活動指導員を外部から配置する等といった対策をとることになるでしょう。
事故発生時の損害賠償責任
磯貝朋和〔弁〕 挙げていただいた課題のうち、指導者に対する責任については、具体的にどのような問題が考えられるのでしょうか。
渡邉〔弁〕 公立の中学校の場合、これまで、指導者である教員の行為で生徒に損害が発生した場合は、国家賠償法に基づき、国又は地方公共団体に対して損害賠償を請求しており、教員個人に対する請求というのは、原則として認められないという建付けになっていました。
磯貝〔弁〕 それがどのように変わるのでしょうか。
渡邉〔弁〕 仮に地域クラブ活動中にスポーツ事故が発生した場合、当該運営主体はもちろんですが、指導者個人が責任を負う可能性が出てくることになります。公立の中学校ではなく、地域のクラブ活動を行う運営主体の下で活動がなされるためです。
千葉〔弁〕 損害賠償保険でカバーできませんか。
渡邉〔弁〕 実際に学校の部活動中にスポーツ事故が発生した場合、事故に対する補償については、これまでは日本スポーツ振興センター(JSC)による「災害共済給付制度」の利用が可能でした。
千葉〔弁〕 それが変わる?
渡邉〔弁〕 地域クラブ活動において事故の補償を受けるには、別途、保険に加入する必要があります。地域クラブ活動は学校の管理下とはならないため、「災害共済給付制度」を利用することができません。現状では、「スポーツ安全保険」という制度に加入することが想定されています。
十分な補償が受けられるのか
本目さよ〔議〕 地域クラブ活動の際に起こった事故に対する補償は十分なのでしょうか。
渡邉〔弁〕 先ほど申し上げたとおり、地域クラブ活動の場合、スポーツ安全保険に加入することになると思います。事故については、通常のけがであれば、基本的には保険に加入していれば補償してもらえるでしょう。
本目〔議〕 重症だったときには?
渡邉〔弁〕 柔道やラグビーといったコンタクトスポーツの場合、脊髄損傷といった重篤な状況が生じるおそれはあります。この場合、後遺障害に対して中学生以下の子どもに支払われる保険金は、最大で4,500万円ほどです。重篤な後遺障害が残るような場合、この金額では足りない場合も出てくるでしょう。
本目〔議〕 足りない分はどうなるのでしょうか。
渡邉〔弁〕 その場合、地域クラブや指導者を訴えるケースも生じてくると思います。
磯貝〔弁〕 地域クラブ活動に移行することで指導者個人が訴えられるリスクが生じるのは、負担が大きい印象です。
渡邉〔弁〕 これまで、被災者の方々の話を聞いていると、事故に関して学校側が事実を隠蔽するかのような行為をとり、これにより被災者側に不信感が生じることで、争いになるケースもあると聞いています。
滝口〔弁〕 部活動が地域展開した場合であっても、事故等といったトラブルが起きたときの対応は本当に重要だと思います。
指導者の質や量
江口元気〔議〕 指導者の質や量の問題というのは、具体的にどのようなことを指しているのですか。
渡邉〔弁〕 部活動の地域展開に伴い、地域において指導者を確保することが必要となります。これはいわゆる「量」の確保の問題です。
江口〔議〕 では、質については?
渡邉〔弁〕 指導者の量は確保できたとしても、指導の経験に乏しい地域の方が指導者になることで、指導者による暴力や暴言等といったハラスメントが問題となり得ます。
江口〔議〕 通常、どのような対応をすることになりますか。
渡邉〔弁〕 スポーツ団体では、指導者に対して資格を付与し、何か問題を起こした場合には当該資格を停止する等の措置をとることがあります。地域クラブ活動に当たり確保した指導者が、そのような指導者資格を取得していないときには、スポーツ団体が何らかの処分をすることで対応することができない、といった問題が考えられます。
江口〔議〕 問題のある指導者が野放しになるリスクがあるということですね。
大倉たかひろ〔議〕 指導者の質の問題ですが、現状でも品川区では、剣道連盟が各中学校に対し、部活動派遣員という形で指導者を派遣しています。
渡邉〔弁〕 そのような活動は、とても良いと思います。もし仮に派遣された指導者に何か問題があったとしても、スポーツ団体側が対応することが可能となります。
本目〔議〕 部活動の地域展開をすぐに行うことができない自治体であっても、専門の指導員を学校に呼んで指導してもらう形をとるのは、良い方法ではないでしょうか。
渡邉〔弁〕 はい。部活動指導員を置く方法は、スポーツ庁も選択肢の一つとして提示しています。
滝口〔弁〕 教師の立場で見てみると、部活動で生徒の指導をしたくて教師になった人もいますし、それが教員を務めるモチベーションとなっている人もいると思います。一方で、部活動への参加に消極的な先生については、自分の子育ての方が大事だと思うでしょうから、そのような選択肢ができることが重要だと思います。
指導者の質の問題をもう少し考える
江口〔議〕 地域クラブ活動において指導者として指導に携わることについては、スポーツ選手のセカンドキャリアとしても良いと思います。また、退職後の教員のセカンドキャリアとしても考えられると思います。
石田〔議〕 私も、指導者として元スポーツ選手の指導を受けることには大きなメリットがあると思います。やはり、大舞台を経験した元選手から直接教わることは大きな経験だと思います。
大倉〔議〕 一度だけ指導を受けるのではなく、継続することが大事だと思います。そのためには、部活動の地域展開と併せて、セカンドキャリアに関する制度をしっかりつくらないと、継続的に元選手を派遣していくのは難しいのではないでしょうか。
渡邉〔弁〕 私からも質問があります。現在の制度上、外部指導者が休日の試合等で生徒を引率することはできるのでしょうか。それとも、教員が同行せざるを得ないのでしょうか。
大倉〔議〕 品川区での話ですが、休日も部活動指導員が引率することができます。そのため、休日の教員の負担を減らすことができていると思います。
石田〔議〕 品川区では、一つの学校につき二つの部活動を目安に、部活動指導員を民間に委託しています。
そもそも部活動は必要なのか
滝口〔弁〕 これまで部活動の地域展開に関する話を伺い、「何のために部活動を行うのか」という点を考えなければならないと感じました。皆さんに伺います。そもそも、部活動は必要なのでしょうか。
千葉〔弁〕 学校においては、部活動はまさに生活と一体となっている印象でした。自分は途中で部活動をやめてしまったのですが、部活動をやめた後は、学校で肩身が狭い思いをした記憶があります。そういった意味では、部活動に参加することについては同調圧力があったと思います。
石田〔議〕 自分の経験からすると、部活動は教師と生徒とのコミュニケーションツールの一つではないかと感じます。顧問をした教師と生徒との間では、人間関係が非常に近くなると感じています。
江口〔議〕 私も小学校から大学まで、部活動の思い出がたくさんあります。その経験からも、部活動による教育的な効果は大きいと思います。
本目〔議〕 私自身は、部活動はなくてもいいと思っています。過去にはクラブ活動が必修で、全員入らなければならない時期があったと記憶していますが、そのような必要はなかったのではないでしょうか。
滝口〔弁〕 部活動は、一定の時期には、非行対策の意味があったでしょう。生徒たちのあり余ったエネルギーを、非行ではなく、スポーツ等ほかの方向へ向けさせるためです。
千葉〔弁〕 ただ、部活動でよく見られるような厳しい上下関係に、本当に意味があるかという思いがあります。マナーを覚えるのであれば、別の機会でもいいはずです。そういった意味でも、部活動はやはり必要ないと感じます。
金岡〔弁〕 私は、部活動に携わることで、自分がしたいことに挑戦することが可能になると思っています。また、部活動は費用も低廉なのがありがたいと思います。部活動の地域移行では、もう少し生徒ファーストの方法を考えられないものでしょうか。
千葉〔弁〕 先ほど部活動は不要ではないかと申し上げましたが、これまでの議論を聞いていると、今後も部活動やスポーツ活動を通じて、教師や指導者と生徒がコミュニケーションを図ることができるのは、良い面もたくさんあると感じました。
おわりに
滝口〔弁〕 「部活動の地域移行」は、自身の部活動経験によってその評価が変わる面がありますし、課題は山積みですが、一つひとつ整理していくことが大切だと分かりました。議員と弁護士との相互理解がさらに深まることを祈念し、今回の勉強会を終わりにしたいと思います。
