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2020.04.10 政策研究

新型コロナウイルス感染拡大を受けた小平市の文化事業の対応について

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公益財団法人小平市文化振興財団 神山伸一

「吹奏楽のまち こだいら」

  東京都小平市にある「ルネこだいら(小平市民文化会館)」は、公益財団法人小平市文化振興財団が、指定管理者として施設管理、事業の企画運営などを行っている。
  ルネこだいらでは、幅広くいろいろなジャンルの公演を実施しているが、中でもホールの柱として「吹奏楽の推進」を掲げている。これは、市立中学校全校に吹奏楽部があり、全国大会に何度も出場している中学校が複数あるなど吹奏楽の盛んな地域で、また、中学校が地域のイベントで演奏をするなど、吹奏楽が市民にとっても身近な存在だからである。
  年間を通して吹奏楽演奏会、中学・高校生向け吹奏楽クリニック、小学校への吹奏楽出前コンサートなど様々な事業を展開しているが、演奏会の一つである東京消防庁音楽隊の演奏会が、2020年2月19日(水)にルネこだいら大ホールで行われた。
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東京消防庁音楽隊小平特別演奏会のチラシ

  この演奏会は2008年より開催されている恒例の演奏会で、市民にも定着している。また、事前申込みが必要だが無料の公演で、毎年3〜4倍の応募がある人気の公演である。楽しみにしている方も多く、約1,200人の大ホールは、毎年定員いっぱいで大盛況となる。
  しかし、今年は異変があった。800人ほどの入場しかなかったのである。約3割の方が、来館を自粛したことになる。新型コロナウイルスへの警戒が徐々に広がってきたことを感じた瞬間であった。
  そしてこの後、事態は急展開していく。
  

新型コロナウイルス感染症への対応

  東京都は、2月21日付けで、都主催のイベントの取扱いについて、2月22日から3月15 日までの期間のイベント中止等の対応方針を発表した。小平市も、東京都の発表を受け、市主催のイベントについては、2月25日から3月31日までの期間、大規模なもの(200人程度のもの)、食事を提供するもの等は、原則として延期又は中止とすることとした。
  この決定を受け、ルネこだいらを管理する当財団は、3月中の事業を中止又は延期とする決定をした。しかし、この時点では、この決定への不満が寄せられるなど、まだまだ理解が得られる状況ではなく、閉館をしなかったため、貸し館事業(市民等主催の事業)の多くは実施の方向で動いていた。
  その後、局面が大きく変わったのが、安倍首相の会見である。2月26日に「今後2週間の大規模イベントの中止や延期」を要請し、翌27日には、全国全ての小中高、特別支援学校を対象に「3月2日から春休みまで臨時休校を行うよう要請する」としたのである。
  学校の臨時休校のインパクトはとても大きかった。この日を境に施設利用のキャンセルが次々に寄せられたのである。
  これにより、3月の大ホール、中ホールのほとんどの事業が中止・延期となり、ホールが連日利用なしという、開館以来、初めての状態に、スタッフ一同ぼう然となった。
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館内掲示スケジュールポスター。中止の貼り紙が目立つ

ピンチをチャンスに

  市民ホールは、市民が一流の芸術に触れる場、また、市民の日頃の練習の成果を発表する場である。いずれにしても利用されて初めて価値が生まれるのである。このホールが連日使われないということは、市民にとって大きな損失となる。
  しかし、ホールでのイベントはいわゆる「3密」を回避することが難しい。連日空いている状態を諦めるしかないのか? この状態を黙って受け入れるしかないのか? これまで経験のない状況に無力感を味わっていた。
  現場対応としては、3月の有料公演の中止に伴うチケット代の返金事務、施設キャンセルによる使用料の還付事務(新型コロナウイルス拡散防止を理由にキャンセルする場合は、特例で全額返金することとしている)が始まり、電話での問合せ、窓口対応、返金処理事務等に追われていた。良質なプログラムを提供したいと企画を進めていた公演のキャンセルと返金、市民の夢をかなえよう、支援しようと準備を進めていた施設の貸出しのキャンセルと使用料還付。予想しなかった撤退戦。予定していた状態と現実とのギャップに疲弊し、職員のモチベーションも上がらず、職場の雰囲気もだんだん重くなってきていた。
  「ピンチをチャンスに変える」とよくいわれる。連日のホールの空き状況、職場の重い空気とゴールの見えない閉塞感は、まさに「ピンチ」である。では、このピンチをチャンスに変える方法はあるのか? この状況で何か前向きなことができるのか? みんなを元気づけることはできないのか? 下を向きがちなスタッフが前を向き、文化芸術に触れる機会が少なくなっている市民に何か届けられないかと、いろいろと考え始めた。

吹奏楽でみんなを元気に

  最大のピンチは何か? やはり、連日空いているホールである。通常なら80 〜90%の使用率のホールも、今なら「いつでも」、「何日でも」使える状態にある。このピンチ、空いているホールを使って何かできないか? チャンスに転換できないかと考え始めた。
  ホールを使うといっても、何かイベントを行うのか? 市民に使ってもらう方法はないのか? 音楽、映画、バレエ、落語、演劇……文化芸術といっても幅広い。この中で何を選択するか? それも「3密」を招かない状態で。
  何を選択するかに当たり、方法はいろいろ考えられたが、ホールの推しは何であるかという原点に立ち返った。そう、「吹奏楽」である。空きホールで吹奏楽を使って何かをやろうと思いついたのである。
  こうしたときに、ホールの柱があると取組みの方向が決まりやすい。よく「うちのホールは、市民の多様なニーズに応え、様々な文化芸術を何でもやっているホールです」というところがあるが、そういうところでは、一つを選ぶことには苦労するだろう。
  「『吹奏楽のまち こだいら』で、空いているホールを使ってみんなを元気づける」。このピンチを、「吹奏楽」を使ってチャンスに変えるための大きな方向性が固まってきたのである。
  

全日本吹奏楽コンクールの課題曲を届ける

  「吹奏楽」とテーマが決まったので、次はターゲットを絞ることにした。  
 ルネこだいらでは、毎年3月下旬に「吹奏楽フェスティバル」を開催している。市内の中学校・高等学校吹奏楽部の定期演奏会を連日開催するもので、昨年は9校が参加し、来場者は約6,800人と年々来場者も増え、市民に定着している事業である。今年も3月25日から31日までの開催を予定していたが、学校の休校、部活動の休止で、残念ながら中止となった。
  吹奏楽部員は、全体で練習することができず、各自が自宅で練習する日々が続いていた。目標としてきた定期演奏会が中止となり、モチベーションも上がらず、新たな目標を定められずに練習に身が入らないとも聞こえてきた。
  私たちスタッフ同様に落ち込んでいる吹奏楽部員を元気づけられないか? ターゲットを、中学・高校の吹奏楽部員とすることにした。
  下を向きがちな生徒たちにしっかり前を向いてもらうようにするにはどうすればよいか? 目標をしっかり定めてもらうこと、自分事となるような目標を持ってもらうことで少しでも気持ちを前に進めてもらいたいと考えた。
  そこで、来年度の全日本吹奏楽コンクールの課題曲を吹奏楽部員に届けられれば、①目標をしっかり意識してもらうこと、②コンクールが行われる夏に向かって視点を未来に持ってもらうこと、③プロの演奏を聴いてモチベーションを上げてもらうこと、などができ、気持ちを新たに練習に取り組んでもらうことができるのではないか? こうして、徐々にではあるがコンセプトの大枠(まだ妄想段階ではある)が固まっていった。

協力者の存在

  コンセプトの大枠は決まったが、当財団だけでは実現できない。私たちが持っているものは、空いているホールだけである。
  このほかに、演奏する吹奏楽団、演奏を届ける媒体、これらにかかる費用。越えなければならないハードルがたくさんあった。そこで、協力を求めることにしたのである。
  はじめに、演奏していただける楽団であるが、前述の吹奏楽事業で、演奏会や吹奏楽クリニックでお世話になり、ルネこだいらにもなじみのある東京吹奏楽団に、この妄想を3 月9日に率直に話してみた。すると、とてもよい反応をいただいたのである。楽団としても、3月中の演奏会は全てキャンセルで演奏する場が全くない。全員が集まる機会も今月は予定がないということであった。また、同時期に、DVD制作会社より、予定していたホールが閉館となり課題曲DVDの制作が頓挫していること、これから使用できるホールと楽団を探していると打診があったという情報をいただいた。妄想の種ではあるが、一度、話し合ってみましょうと、3月10日に楽団、DVD制作会社と打合せをした。吹奏楽部員に課題曲を届け、元気づけたいというコンセプトに賛同いただいた。こうして、空いているホールの活用を考えている財団、演奏する機会を得たい楽団、DVD制作会場を探している制作会社、それぞれの不足分を三者の協力で補えるという枠組みが見えてきた。
  では、どうやって吹奏楽部員に曲を届けるか? 最初に思いついたのが、地元のケーブルテレビである。日頃から連携をしていた人にこの取組みを話すと、ケーブルテレビとしても、様々なイベントが中止となってコンテンツが不足していること、暗い話題が多い中、明るい話題に協力できることは局としてのメリットがあることなどから、前向きに検討していただけることになった。そして、筆者はケーブルテレビでの放送を考えていたが、局から提案があったのは、スマホアプリによる配信である。これなら、ケーブルテレビと契約していなくても、また、いつでもどこでも、日本全国に届けられる。局の協力により、無料配信(期間限定)できることになった。
  

全国の吹奏楽部員に届け!

  撮影日は3月20日。妄想を打診してから11日である。
  無観客のホールに響く、吹奏楽の音色。会場は静まり返っていたが、全国の吹奏楽部員に届けと熱い演奏が続いた。
  地元のケーブルテレビ・ジェイコム東京の情報アプリ「ど・ろーかる」を使って、3月27日から無料配信が始まった(4月30日まで)。たくさんの生徒たちにこの演奏が届くことを願っている。
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無観客のホールでの演奏

  今回、短期間でこの事業が成立したのは、日頃からのネットワークであると強く感じた。「人」と「人」のつながり、この相乗効果で一気に熱量が上がり、事業を行うことができた。
  日頃からの信頼関係があれば、お互いの悩みを話すこと、やりたいことを話すことの中から様々なアイデアが生まれ、お互いの足りないことを補いながら、より大きなものに育てることができる。そんなことを実感した半月間であった。

この記事の著者

神山伸一(公益財団法人小平市文化振興財団)

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