東京大学大学院法学政治学研究科/公共政策大学院教授(都市行政学・自治体行政学) 金井利之
はじめに
これまで27回にわたって、総務省に設置された「地方議会に関する研究会」の最終報告書である『地方議会に関する研究会報告書』を検討してきた。じっくりと検討してきたため、結果的には2年間を超える連載となった。そうこうしているうちに、世の中は進展しており、さらに新しい報告書が提出されるに至った。総務省に設置された『地方議会・議員に関する研究会報告書』(2017年7月、以下『報告書』という)である。そこで、今回からは、この『報告書』を検討することにしよう。
なお、生々流転は著しく、総務省では現在進行形で、「町村議会のあり方に関する研究会」が2017年7月27日より開催されている。これは、「町村総会論」などをひとつの契機としているかもしれないが、ともあれ、いずれ報告書がまとまれば、評論することもあろう。当面、上記『報告書』から検討してみたい。
選挙制度工学
『報告書』の大きな特徴は、「純粋に学術的な見地にたち、地方議会議員の選挙制度として考えられる姿について議論を深めた」(要旨1頁)ことにある。政治家である主任の大臣の下にある総務省に設置した研究会において、「純粋に学術的な見地」に立つことが可能であるとは、評者には全く思えない。当然、事務局も研究会メンバーも、そのようなことを本音で思っているはずはないだろう。ここでの意味は、〈現実的な制度立案には直接には関係ない〉というような意味であろう。その意味で、大胆な提言が含まれていて、興味深い。
それは、1990年代に流行した選挙制度工学である。1990年代のいわゆる「政治改革」の動きは、選挙制度改革に収斂(しゅうれん)され、さらには小選挙区制度(比例代表並立制)の導入に至ったことは広く知られているところである。その後の四半世紀は、選挙目当ての「新党ブーム」とその破裂という、政治的バブルの繰り返しであって、「ブームからは希望は生まれない、混乱と停滞だ」という安倍首相の演説にも一理ある。混乱と停滞の四半世紀には、もちろん安倍首相自身も含まれるわけであり、第2次安倍政権自体がブームの徒花(あだばな)のひとつではある。
ともあれ、そのような選挙制度工学から相対的に自律していたのが、地方議会選挙制度である。自治体でも、議会・議員のあり方については、問題が指摘し続けられてきたにもかかわらず、少なくとも選挙制度に手をつけることはしてこなかった。せいぜい都道府県議会での郡市選挙区制度が、一票の価値の平等と平成の大合併後の地域代表の観点から、市町村を単位とする区割画定が可能に変わったことぐらいである。国政における様々な問題を、選挙制度工学で改善できるというブームが起きたにもかかわらず、それが地方議会には及ばなかったこと自体、大変に興味ある現象である。特に、選挙制度は、旧自治省選挙部の所管であり、地方議会制度は旧自治省行政局の所管であるから、省庁単位では同じ省庁共同体の中に置かれていたわけで、相互に影響を与えてもよさそうである。しかし、現実にはそうはなってこなかった。
その意味で、地方議会が選挙制度工学の洗礼を受ける起点となるかもしれないのが、この『報告書』の歴史的意義の可能性である。もちろん、「純粋に学術的」なものとして、単に忘れ去られていくかもしれない。しかし、地方議会まで選挙制度工学によって、例えば「混乱と停滞の四半世紀」に突入することになるならば、後から見れば、大きな画期だったということになるだろう。
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