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2017.06.26 議会改革

『地方議会に関する研究会報告書』について(その24)

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東京大学大学院法学政治学研究科/公共政策大学院教授(都市行政学・自治体行政学) 金井利之

はじめに

 これまで23回にわたり、総務省に設置された「地方議会に関する研究会」の最終報告書である『地方議会に関する研究会報告書』(以下『報告書』という)を検討してきた。すでに24回目となり、2年間の連載となっている。その間に、議会を取り巻く状況はさらに悪化しているかもしれない。
 ともあれ前回は「第Ⅵ章(1) 住民参加の充実、住民の信頼確保を図るための地方議会のあり方」の「第1節 住民に対する地方議会の情報発信のあり方」を論じた。今回は、「第2節 地方議会への住民参加のあり方」「(1)住民参加の意義」について、取り上げよう。

「日常的なコミュニケーション回路」という意味の住民参加

 『報告書』によれば、住民参加の意義としては、選挙を通じた参加だけではなく、住民との「日常的なコミュニケーション回路」の充実も、重要とされている。代表民主制では、選挙は参政の基本であるが、通常、住民参加と呼ばれるのは、選挙以外の参政を意味しているからして、当然といえよう。
 もっとも、その次の問題は、「日常的なコミュニケーション回路」なるものは、直接民主制的な色彩のある自治体への直接参加なのか、代表者である議員・首長に意向を伝えるという「日常的なコミュニケーション」なのか、ということである。代表民主制に立つ場合、後者の色彩が強くなるだろう。『報告書』によれば、「議会という意思決定方式の基本的な理念は、議会は、住民の意見が分かれていることを前提に、各議員が支持者の様々な意見を聴取し、審議の過程で意見を集約し、合意を得るというものであり、合議体である議会としての意思決定に反映させるために住民の意見を聴取する場合は限られた手続によるとする考え方が前提とされるものと考えられる」というのは、後者のスタンスをとっているということである。
 この点は、極めて現状追認的である。各議員が、大規模な場合には後援会組織や支持者集団から、小規模な場合には個々の住民・支持者から、様々な「陳情」、「要望」を受けるのは、ある意味で当たり前である。小規模町村であれば、買い物その他日常生活で町中を歩いて住民と会って言葉を交わしたり、冠婚葬祭に出かけて会話したりすることも見られるだろう。大規模な自治体である都道府県や市区町村においても、議員は日常的に存在して生活する限り、無言の行を貫くことなどあり得ない。『報告書』のように、各議員が住民と「日常的なコミュニケーション回路」を持つことを住民参加と考えるならば、多くの議員は、「すでに住民参加は充実している」と答えるだろう。
 こう考えると、『報告書』は、地方議会に対する住民参加を充実させることは、期待していないのであろう。それが、上記のとおり、「住民の意見を聴取する場合は限られた手続による」とする、後ろ向きな表現に表れている。

首長との競争関係での住民参加

 『報告書』の考え方からすれば、地方議会は住民参加を進める必要はない、ということになりそうである。しかし、1つの問題意識は、首長側の住民参加への積極性である。首長が住民参加を積極的に進めているのに対して、「議会側の住民参加の取組は積極的であったとは言えない」という。二元代表制は、住民意思の反映をめぐる代表機関(首長・議会)間の競争であるならば、明らかに議会側は劣勢にさらされるわけである。『報告書』は、住民参加に内在的な意義を認めているのではなく、首長側が先行している以上、本来は適切ではないが、やらざるを得ない、という認識であるようである。
 もちろん、議会側が住民参加を拡大するのではなく、首長側に住民参加を止めさせる、という選択肢もあろう。要は、住民参加という「軍拡競争」をするのではなく、住民参加をしないという意味で「軍縮協定」を結ぶという考え方である。実際、議会側は、これまでも首長側の住民参加に対して盛んに「議会軽視だ!」、「代表民主制を破壊する!」などと批判を繰り返してきた。しかし、それは実効的ではなかったのである。それゆえ、「軍縮協定」を諦めて、対抗上、「軍拡競争」をやらざるを得ないという判断になる。
 『報告書』でも、「議会を介在させることなく実質的な決定がなされてしまう」という懸念が指摘され、また、「公募の選考によっては住民意向の把握と反映に偏りが生じる危険性」が触れられている。
 前者の批判は、代表民主制に立つものであるが、首長側の住民参加によって、公正に住民意思が把握されているのであれば、単に代表民主制の建前だけで反論するのは難しい。というのは、首長側の住民参加が公正であり、かつ、議会も住民参加(=住民との日常的なコミュニケーション)をきちんとしていれば、結果的に、首長側の住民参加での住民の声と、議会の声は同じになるはずだからである。仮に同じでないとすれば、議会の場に明確に個々の住民が登場しない以上、議会が充分に住民参加をしていないことを推定させるだけである。ならば、むしろ、議会を介在させないで実質的決定をした方が望ましい、となりかねないからである。
 となると、結局、後者の理屈が重要である。つまり、首長側の住民参加では、住民意向の把握と反映に偏りが生じる、ということを論証するしかない。しかし、『報告書』は、全く説得的ではない。公募による選考のゆがみは否定しているが、それならば、無作為抽出の手法ならばよいではないか、といわれうるだろう。少なくとも、『報告書』は、無作為抽出方式によって「住民意向の把握と反映に偏りが生じる」ということを論証しきれていないのである。結局、『報告書』は、「軍縮協定」の提案に失敗したわけである。
 なお、首長や行政が勝手に委嘱をする旧来型の「住民参加」に対する反論も『報告書』はしていないが、こうした審議会委員委嘱的な「住民参加」は、行政の「隠れ蓑(みの)」になることも少なくないのであって、「住民意向の把握と反映に偏りが生じる」ことは、自明のことと考えられているのであろう。かつ、『報告書』の原案を用意する事務局職員は、まさに執行部側に立って仕事をすることが、人生経歴において多いであろうから(2)、こうした「隠れ蓑」型の「住民参加」に対して、明示的に「反論」を書くわけにもいかない。自縄自縛になってしまうからである。

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金井利之(東京大学大学院法学政治学研究科/公共政策大学院教授)

この記事の著者

金井利之(東京大学大学院法学政治学研究科/公共政策大学院教授)

東京大学大学院法学政治学研究科/公共政策大学院教授 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。 東京都立大学助教授、オランダ国立ライデン大学社会科学部行政学科客員研究員、東京大学助教授を経て、06年より現職。 専門は自治体行政学・行政学。主な著書に『自治制度』(2008年度公共政策学会賞受賞)、『原発と自治体』(2013年度自治体学会賞受賞)等。

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