新宿区議会議員/弁護士 三雲崇正
1 連載を始めるに当たって
筆者は、弁護士登録から10年を経た平成27年5月、新宿区議会議員に就任した。それまで主に企業法務や渉外法務といった私法分野を取り扱ってきた筆者にとって、政策目的を持って立法行為を行い、同時に法の執行の主体ともなる自治体法務は未知の領域であった。それから約1年、議員として自治体の政策を議論するとともに、その具体化の手段である条例の審査に携わる中で、「政治家」として学ばせていただく一方で、この新しい職場における法的思考の重要性を日々実感している。
本連載は、そのような筆者の実感を、具体的な法律、条例や自治体の政策を題材として言語化し、自治体議員の諸先輩、同僚の方々や、自治体法務に関心のある方々と共有することを目的とする試みである。「法的センスを磨こう! 弁護士議員が教える自治体政策」という(若干上から目線の)立派なタイトルを編集部からいただいたものの、新米議員の未熟さと畑違いの公法分野を分析する不得手が相まって、法的視点から見えてくる「悩みどころ」を述べるにとどまり、むしろ教えを乞う内容になることもあると予想している。
しかし、筆者は法律家としてのキャリアを始めるに当たり、ある先輩から、法律家のセンスのひとつは、目の前の事案の「悩みどころ」を見つけられることであると教わった。また、議会とは、誰かが提起した問題を様々なバックグラウンドを持つ複数の人が一緒に考え、集合知を形成する場である。本連載をお読みいただく方々には、法律家のバックグラウンドを持つ一地方議員の目から自治体法務を見たときの「悩みどころ」を共有していただくとともに、そこにどのような解答を与えるべきか一緒に考えていただければ幸いである。
2 新宿区客引き防止条例の改正
新宿区では、平成28年区議会第1回定例会において、「新宿区公共の場所における客引き行為等の防止に関する条例」(以下「客引き防止条例」という)の一部を改正する条例(以下「改正条例」という)が、全会一致で可決された。これは、従前から存在する客引き防止条例に、後記5で紹介する内容を追加するものである。
筆者は、新宿区議会議員のひとりとして、この改正条例案の区議会での審議に携わる機会を得た。その中で、地域の安全・安心を確保するために考えられる様々な工夫を条例という法形式に落とし込んでいく際に、規制の実効性確保と規制措置の適切な運用の双方の側面から、法的視点を踏まえて議論すべき点があることを実感した。
本稿では、同様の規制条例を検討する際の参考となることを目的に、新宿区が地域の安全・安心のために行った条例改正の背景、改正作業の状況、改正の内容及び改正後の客引き防止条例の課題について、法的視点を交えながら紹介する。