佐賀県最高情報統括監(CIO) 森本登志男
CIOが求められる背景
人口の減少とそれに伴う地域の活力の減退、そこから導かれる税収の低下は相当な高確率で訪れると予見される将来であるものの、それに対する特効薬は簡単には見いだすことはできず、着々とそのときが近づく足音が聞こえている地域がほとんどであろう。
この状況を一変させる特効薬が見いだされない以上、目の前でできることをひとつずつ着実に実行していくしかないわけだが、かたや情報通信技術(以下「ICT」という)はいつ止まるともなく発展と普及を続けている。民間企業では、このICTをフルに活用して業務の効率化と生産性の向上を実践したところが、度重なる苦境を生き残り、業績を伸ばしている。ICTの活用は、民間企業だけではなく行政機関においても、業務の革新や情報の発信、住民とのコミュニケーションなど多くの分野で効果を上げることができる。
ICTをフル活用して成果を上げている企業においては、ICTの活用を推進する役割としてCIO(最高情報責任者:Chief Information Officer)を置き、情報部門に一定の人数を割いている。ICTは他の分野に比べ、その技術革新の速さが特徴であり、企業内のあらゆる部門においてその成果に直結する使い方ができる汎用的な道具でもある。しかし、ICTをそうした企業経営に生かすためには、高い専門的な技術を身につけた経験豊富な人材が必要となるため、CIOというポストを置き、責任と権限を与えている。
皆さんもご存じのこととは思うが、地方自治体においても、すでに基幹業務の多くがシステム化され電算処理が行われている。そのため、国や県だけでなく市町村においても情報部門が置かれている。情報部門の責任者としてCIOを設置している自治体も多く見受けられるものの、副市長や部長といった幹部職員が兼務している場合がほとんどである。ところが、そうした内部の人材では、本来CIOに求められる高い専門技術とICT活用の知見を持ち合わせることはかなり難しいため、その不足を補うためにCIO、もしくはCIO補佐官を、公募などにより外部人材に求める自治体も徐々に増えてきている。
本稿では、民間からの公募によりCIOを採用している佐賀県の事例を通して、専門性の高い外部人材を経営的立場に据えることで業務改革を進めることの効果を知っていただく機会としたい。
CIOの設置により佐賀県に起こったこと
2015年11月4日に開催された、安倍総理大臣をはじめとした関係閣僚と有識者からなる経済財政諮問会議の席上、同会議の外部議員である高橋進・株式会社日本総合研究所理事長から、以下の意見が出された。
「私も色々とヒアリングさせていただくと、地方自治体の業務は標準化・体系化されておらず、暗黙知や勘、経験という声も多くあり、クラウド化だけではなく、業務改革を体系的に進める必要がある。それから、こういった観点に立つと、私は人が非常に重要ではないかと思う。佐賀県はCIOに森本さんという方を任命し、ITの取組に大変な成果を上げている。彼いわく、国がCIOを雇用し、希望する県に派遣する仕組みと併せて、県のCIOが県内数市町村のCIOを兼ねて一定的に業務に取り組むことが有効とのことである。そういう意味で、ハード面も必要であるが、それよりも、やはり効果の面ということで言うと、人をどう確保して地方に送り込むかということが有効なのではないか。」(内閣府ホームページ:2015年第17回経済財政諮問会議(2015年11月4日)議事要旨17頁より抜粋。http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2015/1104/gijiyoushi.pdf )
国の中枢での重要な政策検討の場で、佐賀県の事例を取り上げていただいたことは大変光栄なことであるが、ここで成果を上げているとしていただいた取組は、内閣府の公共サービスイノベーション・プラットフォームの第2回会議で説明させていただいたので、内閣府のホームページにその際の資料が掲載されている。詳しくはそちらをご参照いただきたい。
この会議では、特に顕著に数値で表せる効果が上がった4つの事例を挙げた。
(1)救急医療における変革~救急搬送時間を1分間短縮~
県内の全ての救急車にタブレット端末を載せるとともに、その時点での救急病院の搬送受入状況や受入可能な状況を見ることができるシステムを開発した。これによって、34分だった搬送時間が33分に1分間短縮した。搬送時間が短縮することは、統計を取り始めて以来、国全体の平均だけでなく都道府県レベルで見ても初めてのことで、多くの賞を受賞するなど高い評価をいただいた。
この搬送時間の短縮という本来狙った成果を出すだけでなく、救急搬送システムの開発・運用コストを約60%削減することにも成功している。
この手法は、佐賀県での導入から4年の間に10府県が導入している。
(2)最先端電子県庁の推進~基幹情報システムの開発・運用費を44億円削減~
日々進歩するICTの技術革新を最大限に取り入れ、徹底的に情報と資源のあり方を見直し標準化を進めることで、県庁の基幹情報システムが更新を迎えるたびに刷新を図り、10年間で開発・運用コストを約44億円(2016、2017年度の見込みを含む)、率にして21%を削減した。主要なシステム(職員ポータル、財務経営、職員・給与、県税、小規模業務など)の更新は2015年度中に全て完了し、その効果がフルに寄与する2016年度以降は、単年度で約50%の削減が可能となる。
(3)市町基幹情報システムのクラウド化~開発・運用費を50%以上削減~
佐賀県では、「佐賀県ICT推進機構」を県内の全20市町と県で構成し、情報関連部門が一堂に集まり、その時々の課題を共有し解決を図っている。その中で、基幹情報システムの共同利用に取り組み、市町単独ではなく、佐賀県ICT推進機構の名前でRFI(情報提供請求)や企画コンペを実施することで、唐津市・玄海町のシステム更新では50%を超えるコスト(約14.2億円)を削減した。
(4)テレワークを全庁に導入~大幅な業務改革とワークライフバランスの実現~
2014年10月から、佐賀県庁に勤務する4,000人の全職員に仮想デスクトップ環境を提供し、タブレット端末を1,000台配布することで、全庁でのテレワークを導入した。
自分の席のデスクトップパソコンに縛られることなく、いつでもどこでも業務ができる環境ができたことで、外での勤務の際にすきま時間にメールの対応や共有フォルダのデータの閲覧・編集が可能になったり、遠隔地からでもビデオ会議で打合せに参加できたり、出張先から稟議の承認をするなど業務効率の大幅な改善を生み出した。現場で解決できない案件を持ち帰って対応する回数が半減、自宅直帰率が75%向上、復命書(報告書)作成時間が半減など、具体的な数字も上がり始めている。
鳥インフルエンザの発生時の緊急対応や、強い台風に直撃された場合に約1割の職員が自宅に近いサテライトオフィスや在宅での勤務を行うなど、有事においても大きな効果が発揮された。
さらに、月に300~500件の在宅勤務が行われるなど、ワークライフバランスの向上にも効果が出ており、育児や介護を原因とする職員の離職の対策につながるものと期待されている。