茨城大学教育学部准教授 田原 敬
2007年に特別支援教育が開始されたことにより、特別支援学校や特別支援学級のみならず、通常学級においても障害のある子どもへの対応が求められるようになりました。併せて、近年では「すべての子どもが同じ場で共に学ぶ」ことを理念としたインクルーシブ教育が注目されています。本稿ではインクルーシブ教育と特別支援教育との関係について触れた上で、通常学級で学ぶ障害のある子どもの実態と課題について考えたいと思います。
インクルーシブ教育と特別支援教育との関係
まず、インクルーシブ教育とは何かということについて考えたいと思います。文部科学省が2012年に報告した「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進」(https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/attach/1321669.htm)では、「『インクルーシブ教育システム』(inclusive education system、署名時仮訳:包容する教育制度)とは、人間の多様性の尊重等の強化、障害者が精神的及び身体的な能力等を可能な最大限度まで発達させ、自由な社会に効果的に参加することを可能とするとの目的の下、障害のある者と障害のない者が共に学ぶ仕組みであり、障害のある者が『general education system』(署名時仮訳:教育制度一般)から排除されないこと、自己の生活する地域において初等中等教育の機会が与えられること、個人に必要な『合理的配慮』が提供される等が必要とされている」とあります。そのため、障害のある子どもが通常学級で学ぶことをインクルーシブ教育と捉える方も少なくはないかと思われます。
その捉え方も誤りではないのですが、先の報告では、「それぞれの子どもが、授業内容が分かり学習活動に参加している実感・達成感を持ちながら、充実した時間を過ごしつつ、生きる力を身に付けていけるかどうか、これが最も本質的な視点であり、そのための環境整備が必要である」ともあります。つまり、障害のある子どもが通常学級に在籍しているだけではインクルーシブ教育が達成されたとはいえず、一人ひとりのニーズに応じた合理的配慮が提供され、障害のある子どもが学校活動に十分に参加できる教育環境が整って初めて、障害のある子どもとない子どもが「共に学ぶ」インクルーシブ教育環境が構築されたといえます。
一方で、同報告の中では共生社会について、「誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合い、人々の多様な在り方を相互に認め合える全員参加型の社会である」とし、共生社会の形成に向けてインクルーシブ教育が重要であるとされています。ここでは「多様な在り方」という表現がキーワードになってきます。最近では「ダイバーシティ」という用語もよく耳にするようになりました。一般的に、ダイバーシティという用語は女性活躍推進の文脈で用いられることが多いかと思われますが、本来は多様性や相違点を意味しています。昨今の教育現場においては、これまでに述べてきた様々な障害のある子どもに加え、貧困家庭の子ども、虐待を受けた子ども、外国とつながりのある子ども、性的マイノリティの子ども、知能水準が他の子どもに比べて有意に高いギフテッドの子どもなど、一人ひとりが抱えるニーズが多様化してきています。そのため、インクルーシブ教育を推進するためには、障害のある子どもへの特別支援教育のみならず、これらの様々なニーズに対応できるような教育環境を構築していく必要があります。
以上のことから、インクルーシブ教育を推進するために特別支援教育は欠かせませんが、障害のある子どものみでなく、多様な教育的ニーズのある子どもも含め、すべての子どもがお互いの多様性を尊重しながら共に学ぶという点において、インクルーシブ教育の理念はより広いものであるといえます。