東京弘和法律事務所
弁護士・博士(法学)岡本 正
新型コロナウイルス感染症における弁護士法律相談
──個人事業主で仕事を請け負いながら住宅ローン等の返済をしていたが、コロナの影響で仕事がなくなり返済に窮している。今後、ローン返済をどのようにしていけばいいか、収入がない中でどのように生活していけばいいか──。 (日本弁護士連合会「新型コロナウイルス法律相談全国統一ダイヤル報告書」2020年11月公表より抜粋)
2020年初旬から世界的にまん延する新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が市民生活に与えた「被害」の実態をどのようにとらえればよいのか。検討が必須だと思われるデータの一つが「弁護士への無料法律相談事例」の分析結果報告である。なかなか周囲に相談できないような深刻な悩みが寄せられている蓋然性が高く、生々しいリーガル・ニーズが浮き彫りになっているはずである。 本稿では、2020年11月に日本弁護士連合会(以下「日弁連」という)が公表した「新型コロナウイルス法律相談全国統一ダイヤル報告書」の概要を紹介する。分析結果は、切実かつリアルな市民のニーズを浮き彫りにしており、真に必要となる施策を、国、都道府県、市区町村が立案したり、要望したりするための有益な根拠になると考えられる。
新型コロナ禍をめぐる政策とインパクト
日本では、2020年2月28日の総理大臣による学校臨時休校要請発言が、労働現場や家庭に大きな衝撃をもたらした。これにより労働問題、契約紛争、生活困窮といった深刻なリーガル・ニーズが爆発的というほどに噴出した。4月7日には、7都府県に緊急事態宣言、同月16日には宣言は全国に拡大し、全国的な緊急事態宣言解除は5月25日を待つことになった。十分な支援策が提示されないまま、施設営業や旅行などの強い自粛要請が発信され、事業不振、契約キャンセル、労働者の休業・失業、これらに伴う国民の生活困窮は深刻さを増すことになる。
その後、長きにわたり収束を見ないまま、2021年1月7日に1都3県(東京、神奈川、埼玉、千葉)に再び緊急事態宣言が発令、同月13日に7府県が追加された。宿泊やレジャー産業への経済打撃はさらに深まり、特に明確な営業自粛要請対象となった飲食業界の打撃はなお深刻である。2月末日には1都3県以外の緊急事態宣言は解除されたが、1都3県の緊急事態宣言は3月21日まで続いた。その間に国内でのワクチン接種が開始されたが、まだ先の見えない状況は続いているといってよいだろう。
2020年4月から7月まで「1,859件」の相談分析
前掲の日弁連「新型コロナウイルス法律相談全国統一ダイヤル報告書」(以下「報告書」という)は、2020年4月20日から同年7月22日までに各都道府県の弁護士会や日弁連が全国統一ダイヤルで行った弁護士無料電話相談について、その傾向をまとめた報告書である。期間中に集計できた相談は「1,859件」とのことである。
この1,859件のうち、開始から1か月(2020年4月20日~5月19日)のうちに寄せられた相談が1,140件に及んでいる。これはちょうど前述した2020年4月からの全国的な緊急事態宣言の発令中と重なる時期である。また、報告書によれば、電話相談者の住所地は、6割以上が、5月25日まで緊急事態宣言が継続した8都道府県(北海道、東京、埼玉、千葉、神奈川、大阪、京都、兵庫)からであった。日弁連の報告書には、コロナ禍まん延直後期における市民の不安と困惑、そして支援策の乏しい中での苦境がダイレクトに反映されているのではないかと思われる。
相談者の属性で見ると、「非事業者」(いわゆる市民個人の方の立場)の相談は1,540件、「事業者」(個人事業主や法人の立場)の相談は319件であった。事業者に対しては、弁護士会や日弁連でも、本報告書の集計対象とは別途の中小企業関連の窓口を設けていたことや、政府関連団体や経済団体でも比較的多くの相談チャネルが広報されていた。これらの事情もあってか、属性を問わない全国統一ダイヤルでの相談窓口へは、主に「市民個人」の方からの相談が集中したものと思われる。また、事業者相談には個人事業主の相談も多く含まれているようであった。