島根大学法文学部准教授 毎熊浩一
はじめに
編集部からいただいた仮題は「議会への期待」。副題には「学生とアドボカシー型プロジェクトに取り組んできて」とある。依頼メールには、「学生に対する思いも含めて」とも。まずは単刀直入に答えておく。学生にはつとに「書を捨て“ず”、町へ出よう」と伝えてきた。この際、議会・議員(1)には、その「教材」であってもらいたいと告げよう。詳細は追々、ひとまず本稿に登場する学生団体を二つ紹介する。
(1)行政学ゼミ
一つは、筆者の主宰する「行政学ゼミ」。本学法文学部法経学科3・4年生向けの必修科目である。志望制ゆえ変動はあるものの、例年15人前後の所帯となっている。ゼミ生の考案したスローガンは「No Action No Life !」、基本方針は次のとおりである。「政治行政や地域社会の抱える課題を解決するべく、机上で本から学ぶ(=座学)だけではなく、自ら動く(=実践)。そして、そのプロセスを楽しむ。結果として、知識はもちろん、人との出会いや様々な経験も得る。最終的に、それらを卒論やシューカツ等に活かし、楽しい人生をつかむ!」。
以上から明らかなとおり、本ゼミでは「アクティブ」であることを推奨している。けれども、決して「座学」を軽んじるものではない。やみくもに「動く」のではなく、行政学(ないし社会科学)的な学習が必要となるような「実践」、あるいは、それ自体が学術的な意義をも持つような試みを重視している。プロジェクト(以下「PJ」という)の多くが「アドボカシー(≒政策提言)」活動を含んでいるのも、そのためである。
(2)ポリレンジャー
いま一つは、「ポリレンジャー~若者の手で政治をよくし隊!~」(以下「ポリ」という)である。ゼミとの大きな違いは、サークルであるということ。参加も退会も任意である。今年設立10周年を迎える。例年10人程度であったが、現在は20人近く在籍している。
ミッションは「よりよい政治の実現を図るべく、若者自ら動くことによって、若者(特に学生)の政治への関心や参加を促す」こと。ここから分かるとおり、ポリの存在自体が一つの問題提起(≒アドボカシー)であり、当然、活動もそういった類いのものが多い。筆者は自称コモン(顧問)ジャーである。
アドボカシー型プロジェクト紹介──「西高マニフェスト」PJ
ゼミ、ポリともにそれなりの活動蓄積がある(2)が、本稿では、「西高マニフェストPJ」(以下「西高PJ」という)を主に扱う。これは、2017年度、松江西高等学校の生徒たち(1年5組、27人)が「主権者教育」の一環として、半年以上をかけて高校生目線での「まちづくり案」(=西高マニフェスト)を作成したものである。メインイベントは最終日の報告会で、6人の松江市議会議員を前に提言し、講評いただいた(=第1部)後、生徒、大学生、議員とで、マニフェストに限らず、広く政治から趣味等の話まで意見交換した(=第2部)。西高PJの運営にあたっては、ゼミが主導、ポリはサポートを行った。具体的な経緯については表に委ね、ここでは、特長を3点にまとめておこう。
表 西高PJの経緯
(1)西高PJの特長
第1に、いわゆるマルチステークホルダー型の協働事業であることである。いうまでもなく、西高PJは、授業という場を提供していただいた高校(特に担当教員)、全体を仕切った行政学ゼミ、(西高含め)かねて中学・高校との協働実績のあったポリ、ヒアリングや意見交換に協力いただいた松江市職員及び市議会議員、いずれかが欠けても実現しえなかった。なかでも、議員の参加は、ともすれば「ままごと」になりがちな主権者教育に、一定のリアリティと緊張感を持ち込んでくれるものであった。事後アンケートで、実に9割を超える西高生が「満足」を示したゆえんであろう(3)。
第2に、このPJは決して単発の試みではない。前身あるいは布石となるPJが二つあった。まずは「若者マニフェスト」PJ。前年度(2016年度)、ゼミで大学生アンケートや中高生へのヒアリング等を通じ、自らの手で「まちづくり」案をまとめ、松江市長選挙に合わせて候補者(2人)に提言したのであった。まさしく“アドボカシー”といえよう。西高PJは、その正統なる後続PJなのである。二つ目は、同年度、西高でポリ全面協力のもと、参院選に合わせて「模擬投票」PJ(4)を行った。このときの付き合いが高校側(担当教員)との信頼の礎となったことは疑いない。なお、翌2017年度(すなわち、西高PJ進行年度)も、(突然の衆議院解散を受けて急きょ)模擬投票関連PJを実施した。さらに2018年度も主権者教育での付き合いは続いている。
西高PJの特長の第3に、高校生の意識変化という点で一応の成果も得られたことである。事前・事中・事後のアンケート結果によると、「政治」への一般的関心についてはさほど大きな変化はなかったものの、「まちづくり」については、「高校生だから実際にできることは少ないと思った」という「諦念」を示す割合が、44.0%→29.2%→26.9%と低減したのである。
裏を返せば、政治的有効性感覚の向上に効いたともいえる。例えば、ある西高生は、PJが終わっておよそ半年後の取材に、「自分でもびっくりするぐらい変わった」、「島根原発のことや北海道地震の影響などを家族と話すようになった」と答えている(5)。
(2)大学生にとっての意義
幸いにもこの西高PJは、2018年度「第13回マニフェスト大賞(優秀シティズンシップ推進賞)」の栄誉を賜った。受賞に際し、担当学生はこうメッセージを寄せている。「高校生だけではなく、私たち大学生自身にとっても『松江』を見つめ直す機会となり、非常に実りのある経験ができました」(6)と。くだんの「実り」、大げさながら、指導教員の立場からは「政策力」の向上(7)と言い換えておきたい。
そもそもの企画から、高校生への助言、そのための事前学習、議員をはじめとした様々な「大人」との対話、プレスリリースも含めたマスコミ対応、各種ロジ、アンケートの設計・集計・分析などがそれを培った。先の西高生と同じ取材にあたって、担当教員は「(こういった主権者教育を通じて)生徒が変わる実感がある」と確言していたが、筆者も大学生について全く同様の感覚を抱くものである(8)。