宮古島市水道事業給水条例事件判決
滝口〔弁〕 事案の概要を教えてください。
尾畠〔弁〕 2018年4月26日午後から同年5月1日未明までの間、沖縄県宮古島市の伊良部島南部において継続的な断水が発生しました。
滝口〔弁〕 断水によって何が起きたのでしょうか。
尾畠〔弁〕 宮古島市内において宿泊施設などを営む二つの法人で、断水により宿泊キャンセルやレストランの営業ができないなどの営業損害が発生しました。
滝口〔弁〕 この二つの法人は、誰に対してどのような請求をしたのですか。
尾畠〔弁〕 宮古島市内において水道事業を営むのは宮古島市です。そこで、給水契約の不履行責任などを理由として、宮古島市に対して損害賠償の支払を求めました。
滝口〔弁〕 それで、市は請求に応じたのでしょうか。
尾畠〔弁〕 いいえ。市は当初より、水道事業給水条例が定めている免責条項を理由として賠償を拒絶しました。
○宮古島市水道事業給水条例
(給水の原則)
第16条 給水は、非常災害、水道施設の損傷、公益上その他やむを得ない事情及び法令又はこの条例の規定による場合のほか、制限又は停止することはない。
2 略
3 第1項の規定による、給水の制限又は停止のため損害を生ずることがあっても、市はその責めを負わない。
渡邉健太郎〔弁〕 この条例をそのとおりに読むと、たとえ断水で損害が発生しても免責されることになりそうです。
尾畠〔弁〕 裁判では紆余(うよ)曲折があったのですが、最終的に、最高裁判所は以下のとおり判断を示しました。要するに、免責条項を定めておけば、どのようなときであっても損害賠償責任が免責されるとは限らないということです。
○令和4年7月19日最高裁第三小法廷判決(抜粋)
〔本件免責条項は、水道事業者である市が〕水道法15条2項ただし書〔平成30年法律第92号による改正前のもの〕により水道の使用者に対し給水義務を負わない場合において、当該使用者との関係で給水義務の不履行に基づく損害賠償責任を負うものではないことを確認した規定にすぎず、被上告人〔市〕が給水義務を負う場合において、同義務の不履行に基づく損害賠償責任を免除した規定ではないと解するのが相当である。
滝口〔弁〕 では、どのような場合に責任を負うのでしょうか。
尾畠〔弁〕 最高裁判所は、高等裁判所へ審理を差し戻しました。林裁判官の補足意見があり、「正当な理由があってやむを得ない場合」があるかどうかを差戻審で審理の上、市の責任の有無を判断することが示唆されました。
【林裁判官の補足意見】
水道法14条1項の供給規程として定められた本件条例16条1項は、給水を停止することができる場合として「非常災害、水道施設の損傷、公益上その他やむを得ない事情」等による場合と定めているところ、本件断水は、本件破損が原因となったものであって、形式的には「水道施設の損傷」による場合に当たるものである。もっとも、同条1項は、水道法15条2項を受けて、常時給水の原則を確認する趣旨で定められたものにすぎず、一定の事情の下における給水義務の存否は、その事情が同項ただし書に定める場合に当たるか否かによって判断されるべきものである。そして、同項は、水道事業者が給水義務を負わない場合を「災害その他正当な理由があってやむを得ない場合」に限定している。原審は、故意・重過失について論じているところであるが、いずれにせよ、本件断水による給水義務の不履行に基づく損害賠償責任の存否を検討するに当たっては、水道施設の損傷につき水道事業者の過失が認められるか否かという問題と給水義務の存否との関連性についても検討する必要があるように思われる。差戻審においては、これらの規定の文言や趣旨を踏まえた上で、被上告人が水道法15条2項ただし書により給水義務を負わないといえるか否かについて慎重に判断する必要がある。
滝口〔弁〕 市は断水に責任を負うことになったのでしょうか。
尾畠〔弁〕 はい。差戻審は、「正当な理由があってやむを得ない場合」ではないとして、市の責任を認める判決を言い渡しました。
○令和5年12月21日差戻審判決(福岡高裁判決)抜粋
本件断水は、水道法15条2項ただし書の「災害」によるものではないけれども、本件ボールタップが、配水池、すなわち多くの地区に配水する基幹施設の貯水量を適正に保つ重要な役割を有すること、相当の力を受け、水に濡れる部材があるのに、約40年にわたり取り換えられなかったことなどから、上記ただし書の「その他正当な理由があってやむを得ない場合」に該当するとはいえない。