2016.05.25 政策研究
第1回 新宿区客引き防止条例の改正~条例の実効性確保とその法的検討~
6 今後の課題――どのように運用できるか
改正条例は、その背景に照らして合理的な内容を備えたものであり、それゆえに、防災等安全対策特別委員会で異議なく可決され、本会議においても全会一致で可決された。しかし、以下に述べるとおり、今後の運用に関して留意すべきと思われる点がいくつか存在する。
(1)特定地区の指定と地域団体の取組
まず、区長が指定する特定地区が、本稿執筆時点においては歌舞伎町1丁目、2丁目、西新宿1丁目、新宿2丁目及び3丁目といった新宿駅周辺に限られていることが挙げられる。
これは、前述のとおり、区長の指定は地域住民が当該地域における客引き行為等の問題に対応するために地域団体を立ち上げ、自主的取組を行っている場合に、当該地域に対して行われるものとされており、そのような地域は新宿駅周辺しか存在しないことが理由とされる。
しかし、歌舞伎町ほど深刻ではないものの、インターネット等では、区内の高田馬場地区や神楽坂地区などでも、しつこい客引き行為の事例が報告されている。
客引き防止条例では、区・警察・地域が一体となったパトロールといった区と地域住民との連携が客引き行為等撲滅の鍵となっているだけに、地域団体による自主的な取組を前提とせざるを得ないことは理解できるが、今後他地区での客引き行為等が悪質化した場合、自主的な取組を基本としつつも、行政が積極的に地域団体の立上げ及び活動を支援し、特定地区の拡大を図ることも必要であろう。
(2)飲食店等に対する支援
次に、客引き行為等及び客引き行為等を利用した営業を行わない旨を約する申出(改正後条例8条3項)を行った飲食店等経営者に対する必要な支援(同条4項)については、前述のステッカーの提供にとどまっている。また、本稿執筆時点において申出を行った飲食店等はまだ存在しない。
この申出は、それ自体では客引き行為等の撲滅に直接関係するものではない。しかし、飲食店等経営者の意識向上と、それによる街のイメージ向上及び街の活性化に資するものであるから、さらなるインセンティブとしての支援メニューの充実が必要ではないかと思われる。
(3)公表の方法
改正条例の目玉のひとつは、指導、警告、勧告、公表及び過料といった処分の導入と、それらの実効性を担保する立入調査権限の付与である。
このうち、公表については審議の過程で、新宿区役所の門前掲示場に公表するだけでは効果が限定されるのではないかとの質問があり、これに対して区側から、特定地区内に設置された大型映像モニターの利用も検討しているとの答弁がなされた。新宿駅周辺地区の場合、従前から新宿区が広報に利用しているアルタビジョンやユニカビジョンを想定しているものと思われる。
一般的に、違反事業者の公表は社会的制裁措置としての威力が大きいとされ、抑止効果が期待できる。他方で、制裁の目的と措置の程度との間の均衡を求める比例原則に照らせば、違反事業者の情報を求めていない通行人にまで氏名、住所その他の情報が一方的に伝達される繁華街の大型映像モニターの利用が適正といえるか、議論の余地があるように思われる。
公表の方法としては、門前掲示板や屋外の映像モニターのほか、区の広報紙やホームページの活用なども考えられる。公表という制裁措置の具体的運用においては、とにかく抑止効果が大きければよいものではなく、目的達成のための均衡のとれた方法を検討すべきである。