近畿大学経営学部教授 浦上拓也
1 「見えないインフラ」に忍び寄る下水道クライシス
2025年1月に発生した埼玉県八潮市における下水道管路の劣化に起因する大規模な道路陥没事故は、日本社会に大きな衝撃を与えた。高度経済成長期に集中的に整備された下水道施設が今まさに老朽化を迎え、これまで「まだ先のこと」と思い込まれていたインフラの破綻が、もうすでに目の前にまで迫っているという現実を強く認識させられたのである。日本の下水道事業は今、複合的な経営危機、すなわち「下水道クライシス」に直面している。20世紀の「つくる時代」から21世紀の「マネジメントする時代」への転換が叫ばれる中、事業を取り巻く環境は極めて厳しさを増している。
第1に、急速な人口減少に伴う使用料収入の減少がある。第2に、老朽化施設の更新・耐震化投資や資材高騰・労務単価上昇によるコストの増大がある。そして第3に、深刻な専門技術職員の不足が挙げられる。下水道従事職員数は1995年の約4.7万人から2020年には約2.7万人へと43%も激減した。純資本ストック推計値で見ると水道(約48兆円)を上回る約68兆円の巨大な施設を抱えながら、職員数は水道の半分程度しか存在しないのである。もちろん、下水道事業は水道事業以上に業務委託が進められており、結果として自治体内に下水道従事職員がそもそも少ないという特徴はあるが、市町村営原則の下で運営される下水道事業に職員が十分に配置されていなければ、リスク対応能力が低下し危機管理体制がぜい弱になってしまうおそれがある。そのため、ひとたび事故や機能不全が起きれば公衆衛生や都市機能は即座に停止することになる。この巨大な遺産を「負の遺産」にすることなく、強じんなサービスとして将来世代に引き継ぐためには、首長や担当部局だけでなく、地域政策の合意形成を担う地方議会及び地方議員の強いリーダーシップと政策判断が不可欠となるのはいうまでもない。
2 下水道事業が抱える構造的課題と政治的ハードル
地方議員が下水道政策に向き合う上で、まず正しく理解すべきは下水道特有の複雑な産業構造と財務体質である。
下水道事業は原則として市町村が管理・運営を担うが、公共下水道のみならず、特定環境保全公共下水道、農業集落排水施設、漁業集落排水施設、合併浄化槽など、多様な汚水処理方式が混在する縦割り構造を有している。特に中小自治体においては、処理方式ごとに管理が分散し、経営非効率が生じているケースが少なくない。さらに深刻なのが財務基盤の弱体化である。下水道は「雨水公費・汚水私費」の原則に基づき、一部公費(一般会計繰入れ)が認められているが、全国の公共下水道事業体の約4分の3において、汚水処理原価が使用料単価を上回る「原価割れ」の状態にある。経費回収率の全国平均は83.9%にとどまり、本来は自立的な収益で賄うべき汚水処理費用までもが、政治的配慮による基準外の一般会計繰入れや投資の先送りによって一時しのぎされている実態がある。
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