太子町議会議員 出原賢治
太子町議会では、議会改革の一環として2025年2月に「和のまちをつくる太子町議会基本条例」を制定(同年4月3日施行)した。本稿では、17条からなる本条例の制定に至った経緯とその特徴について説明する。なお、条例本文と逐条解説は太子町ホームページに掲載してあるので、以下のURLからご覧いただきたい(https://www.town.hyogo-taishi.lg.jp/soshikikarasagasu/taishityougikai/oshirase/7183.html)。
「和のまち太子」の横顔
太子町は兵庫県の南西部に位置し、人口は約3万3,000人、南北4キロメートル、東西6キロメートルの小さな町である。近隣には、国宝姫路城を有する姫路市や、童謡「赤とんぼ」のふるさとで城下町の風情が残るたつの市、忠臣蔵で知られる赤穂市などがある。この一円は、昔は「播磨の国」と呼ばれ、旧山陽道とともに発展してきた。瀬戸内の穏やかな気候と豊かな自然に恵まれ、歴史と文化の香る地域となっている。
人口50万人を抱える中核市姫路に隣接した太子町は、交通の便に優れ、神戸や大阪も通勤圏である。JR山陽本線の駅や高速道路へのアクセスも良く、商業施設が発達し生活利便性も高い。このため、子育て世代に選ばれる若い元気な町となっている。ただし、全国的な少子高齢化の影響はあり、3万4,000人を超えていた登録人口は2013年をピークに緩やかに減少しており、町の新たな活性化策が求められている。
太子町の名は聖徳太子に由来している。今を遡る1400年前、606年に推古天皇がこの地の水田100町を聖徳太子に賜り、太子はこれを法隆寺に納めたという。これが後の播磨国鵤荘(はりまのくにいかるがのしょう)という荘園となり、この地域の発展を支えた。町内には、聖徳太子ゆかりの斑鳩寺(いかるがでら)や荘園の境界を示すために置かれた牓示石(ぼうじいし)などの史跡が今も残る。単に名前の由来というだけでなく、「和を以て貴しと為す」から始まる「十七条憲法」の精神は今もこの地に息づいており、「和のまち太子」は官民問わずによく耳にする言葉だ。
太子町議会は定数が15人。会派制はなく、一人ひとりの議員が自由かつ対等に話ができる風土がある。2015年9月にリニューアルした本会議場は、机を円形に配置しためずらしいつくりとなっており、視察に訪れる人も多い。互いの顔が見える和のまちにふさわしい議会を目指そうとしたものだ。2023年春の統一地方選挙で改選された私たちは、第19期太子町議会に当たる。現在、議会改革を柱の一つとして取り組んでおり、冒頭に紹介した議会基本条例もその一環として制定された。
写真1 太子町議会の本会議場。2015年にリニューアルされた新庁舎の一角、議会棟の1階にある。
傍聴は2階から、庁舎の中庭からもガラス張りで中が見える。
輪の形で話す、和のまちの議場である。
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