2025.09.25 政策研究
第66回 経営性(その6):地域経営
東京大学大学院法学政治学研究科/公共政策大学院教授(都市行政学・自治体行政学) 金井利之
はじめに
自治体という団体の経営を第一に考えるならば、自治体の収入・資産を増やし、自治体の支出・負債を抑制すれば、経営状態は改善する(1)。このような自治体の行動を行政経営という場合には、自治体の収入はどこから来て、自治体の支出はどこに向かうのか、という問題が表裏一体に存在する。
端的にいえば、自立的な自治の原則からは、地域社会あるいは地域住民・地域事業者(以下、単に「地域社会」という)との資金循環になる。つまり、自治体が収入を増やすということは、地域社会の支出を増やすことであり、自治体が支出を減らすということは、地域社会の収入を減らすことである。その意味で、自治体と地域社会の関係はゼロサムである。自治体の行政経営は、地域社会に負担を転嫁することで成り立つ面がある。
しかし、自治体の使命が地域住民の福祉であるならば、こうした行政経営に何の意味があるのか、という根本的な疑問があり得よう。極端にいえば、自治体が地域社会から収奪するだけなのが、逆説的に、最も「良い」行政経営となってしまう。そうであれば、封建領主・絶対専制君主と変わりがない。それゆえ、自治体の経営性の観点は、地域社会にも視野を広げなければならないだろう。地域経営とは、行政団体としての自治体の経営性の部分最適ではなく、地域社会にも目配せをする全体最適(2)を目指す、自治体の経営である。
民間企業経営における社会
民間企業の経営でも、ある企業の収入は消費者の消費支出であり、支出は納入者の収入である。その意味で、資金の流れからだけでは、外部とはゼロサム関係にある。しかし、現実には財・サービスと資金の交換取引であるので、一方的に負担を押しつけるわけではない。さらにいえば、この取引は相互に利益があることが前提である。つまり、市場取引は強制されないから、お互いにメリットがなければ取引が成立しないだけである。消費者は財・サービスを享受することで、より大きな満足が得られるから、支出を行う。また、納入者は、財・サービスを提供することで、それを上回る満足につながる代金を得るから、取引を行う。ウィンウィン関係である。
自治体においても、このような関係が成り立っていれば、自治体の行政経営と、地域社会・地域住民全体を含めた地域経営とは、ゼロサム関係ではなく、ポジティブサム関係であり、矛盾はなくなる。つまり、納税以上の行政サービスを得れば住民は満足であり、増税してもそれを上回る行政サービスが得られるのであれば、自治体と住民とはゼロサムではない(高福祉高負担)。また、納品以上の代金を得られれば事業者は満足であり、支払代金(官公需)が引き下げられても、なおも利潤が得られる水準であれば、事業者としては問題はないのである。
ただ、現実に、このようなポジティブサム関係が成立するとは限らない。少なくとも、住民は税負担が過重だとしても、自治体との「取引」をやめることはできないからである(3)。強制的に課税される。行政サービスは、公共財である道路インフラのように、強制的に提供されることもある。福祉サービスのように申請主義などであれば、申請しなければ享受しないことは可能である。しかし、利用料や自己負担はともかく、租税・社会保険料負担は、行政サービスを享受しなくても、必ず賦課されるのである。こうなると、住民は、ひたすら、租税負担を忌避するか、行政サービスの拡大を求めるか、その両方となる(高福祉低負担)。もちろん、このような要望を無限に受け入れれば、自治体の行政経営は破綻する。そこで、為政者も住民も、しばしば、借金など将来への付け回しによって、租税負担を抑えつつ、行政サービスを拡大することを目指しがちである。しかし、これでは、長期的には経営性は確保されていない。
また、民間事業者といえども、単に短期的な営利追求だけでは、利害関係者の信頼や評判を損ね、長期的な経営性に悪く作用することがある。その点で、企業の社会的貢献(CSR)のような活動をすることもあろう。もちろん、社会的貢献をしすぎて、企業が経営破綻しては元も子もない。むしろ、社会的貢献によって、企業の経営性も長期的に向上し、地域社会もメリットを得ることがある。もちろん、それが地域経営にとってベストであるかは分からないが、企業経営にはプラスになるのである(4)。
さらにいえば、民間企業全体の視点からすれば、消費者全体から単に収奪するよりは、消費者も豊かになり、豊かになった消費者にさらに購買してもらう方が、全体としての好循環であろう。いわば、経済界・財界=「総資本」としては、経済成長を求めるのである。もちろん、個別企業=個別資本は、相互に競争しているから、自社の経営改善のために、他者(他企業のこともあれば消費者のこともある)に、負担を押しつけることもあろう。しかし、個別企業としても、成長する環境での競争の方が、衰退する環境での競争よりも、メリットがあろう。その意味で、経済界全体は、企業間でも、行政に対しても、地域経営を求めることが自然である。
