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2025.08.25 政策研究

第65回 経営性(その5):新公共経営(NPM)

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東京大学大学院法学政治学研究科/公共政策大学院教授(都市行政学・自治体行政学) 金井利之

はじめに

 自治体は行政団体であるため、民間企業・事業者・経営体など(以下、単に民間企業)と共通する原理で経営をすることは困難である。それゆえに、民間企業のような効率性・有効性を発揮することが難しい、と考えられることが多い。いわゆる官民コスト論争による直営主義の敗北などは、こうした通念の一つである。もっとも、民間企業が効率的・効果的であり、行政団体が非効率的・非効果的であることが常に成立するわけではない。さらに、仮にそうであったとしても、その理由にも様々なものがあり得る。そして、その理由次第によっては、行政団体は民間企業のような効率性・有効性を、原理的に発揮し得ないこともあろう。

民間並みの経営性の難しさ

 行政団体と民間企業との経営性の相違の理由にはいろいろある。
 第1は、人件費構造である。例えば、民間保育所は、公立保育所より効率的経営のことがある。しかし、その実態的理由は、民間保育所での保育士は、非正規雇用のための低賃金であったり、正規雇用であっても「寿退職」、「おめでた退職」を実質的に強要して年齢を抑え、経年とともに生じ得る賃金上昇を抑えることができるからかもしれない。これに対して、公立保育所の保育士は、正規雇用のために、自治体正規職員としての給与水準が保障される。そして、任期の定めのない勤務形態なので、原則として定年まで勤め続けることができ、また、結婚・出産などを気にして辞めさせられることが少ない。それゆえに、勤続年数とともに徐々に給与水準が上がる。このような保育士の人件費構造を反映して、民間と公立の経営効率が異なるかもしれない。
 このような理由の下では、公立保育所も民間並みに、非正規化、早期退職化、低年齢化、低給与化を進めれば、効率的な経営は可能になる。しかし、自治体が正面から、非正規化、早期退職化、低年齢化など「官製ワーキングプア」化を進めることは、「模範的雇用者」としては「外聞」が悪い。民間保育所は、外聞が悪くても、「慈善事業ではない」、「つぶれたらそれまで」などの居直りによって、雇用条件の切り下げが可能になるかもしれない。しかし、公的な経営論争と、公益性・公平性・公共性による弁明が必要な答責性の観点から、自治体は露骨な対応ができないことも多い。それゆえに、公立のままでの改善よりは、公立保育所そのものの民営化によって、「外聞」の悪い経営改革は、行政の外で進めてもらいたい、という発想になりやすいのである。
 逆にいえば、保育士の賃金・給与水準や勤務経験年数の実態が公民で類似していれば、公立保育所と民間保育所との経営性の差異は小さくなる。例えば、公立保育士の給与水準は、民間保育士の賃金水準に公民均衡させればよい。あるいは、公立保育所も民間並みに非正規保育士を中心にすればよい。若しくは、民間保育所の勤務継続年数が長期化し、それに合わせて賃金が上昇すれば、民間が特に有利というわけではなくなる。
 第2は、独占・非競争性による非効率性である。民間企業は市場競争にさらされているため、経営性が確保されていない民間企業は、淘汰(とうた)・撤退に追い込まれる。結果的に存続し続ける民間企業の効率性は確保される。つまり、民間企業だからといって、先験的(アプリオリ)に経営効率性が保障されているわけではない。むしろ、経営性がない民間企業が消滅する限りにおいて、後験的(アポステリオリ)に民間企業は行政より経営性が確保される。市場競争が厳しくなければ、民間でも非効率な企業が存続できてしまう。独占市場であれば、どのような経営性でも構わないわけである。
 行政団体は、特定区域に1団体しかない「地域独占」であり、基本的には競争が存在しない。もちろん、国─都道府県─市区町村の三層制であるから、特定区域に行政団体は三つあるが、基本的には事務配分によってそれぞれ事務を独占しており、(垂直的)競争は発生しない。むしろ、競争が発生すると「二重行政」などと批判されて、事務の整理・再配分・移譲などによって、再び「地域独占」を回復することが推進される。つまり、行政は基本的に独占を是としている。したがって、非効率の行政団体が淘汰される可能性はない。そもそも、競争があったとしても、行政団体の担う事務事業は公益性の観点から必須・不可欠である以上、淘汰・撤退はあり得ない。それゆえ、効率的な経営性が確保されない。

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