2025.02.25 政策研究
第59回 組織性(その5):組織境界
組織の三要素と組織均衡
一般に、バーナード組織論における組織の3要素は、「コミュニケーション」、「共通目的」、「貢献意欲」といわれる。組織、つまり2人以上の人間たちの意識的に調整された諸活動・諸力の体系、を成り立たせるために、これらが必要ということである。これらの3要素は、調整する側にとっても重要であるが、調整される側にとって重要である。
第1に、組織にコミュニケーションがなければ、意識的に調整することはできない。通常の組織は、指揮命令系統としてのコミュニケーション回路を持つ。もっとも、このような公式回路以外にも、様々な非公式的なコミュニケーションがされることが普通である。そして、上記のとおり、こうしたコミュニケーションは、いわゆる常識的な組織境界を超えて、行われている。つまり、自治体の内部でコミュニケーションはしているが、自治体の外に対してもコミュニケーションはしているのである。
意識的なコミュニケーションを欠いていても、結果的には、調整されたのと同じような状態が成立するかもしれない。しかし、それは偶然又は自然の産物であって、組織ではない。例えば、多数の人間がパニックになって暴動を起こすことはできる。暴動や騒乱は、特定の先導者や首謀者がなくても生じる。しかし、先導者や首謀者が使嗾(しそう)しても、暴動は起こせる。暴動という2人以上の諸活動の体系は、どちらでもある。しかし、意識的にコミュニケーションをとって行われた暴動のみが、組織である。
ただ、自治体側、あるいは、公安警備当局は、無意識の組織だっていない暴動でも、組織的な暴動でも、どちらでもいいから、鎮静させようとする。その意味では、公安警備当局という組織は、組織的/非組織的とを問わず、暴徒集団に対して意識的な調整活動を行う。もっとも、先導者や首謀者がいなくても、通常は、暴徒の間では、情報が伝達されている。その意味では、意識的とは限らないコミュニケーションが成立していることが多いだろう。そもそも、他人が暴れているという姿を見ること事態が、一つのコミュニケーションなのである。ましてや、デマ、誤情報も含めて、流言飛語が飛び交っている。むしろ、暴徒間にコミュニケーションがあるからこそ、公安警備当局も、コミュニケーションを使って鎮圧ができることもある。
第2に、共通目的がある方が、意識的な調整は進む。つまり、ただの調整でなく、調整に関する意識の中身を規定するのが共通目的であろう。例えば、オリンピック開催のような、何かのプロジェクトを行うためには、「○○を達成する」という共通目的があった方が、コミュニケーションも協力もしやすいだろう。
もっとも、自治体という組織において、構成員の間に共通目的があるとは、考えにくい。あえていえば、漠然と「住民の福祉」程度でしか共通性はない。例えば、福祉部課と経済部課と財政部課との間に、共通目的があるとは限らない。むしろ、組織間対立が顕著なように、それぞれの部課の目的が対立することも多い。福祉部課は福祉の充実を求め、経済部課は福祉より開発への比重を要求し、財政部課は福祉も開発も予算抑制を考える、という具合である。このような部課間対立が激化すれば、自治体は組織の体をなさなくなる。
そこで、経済を活性化して、財政を強化し、その結果として福祉も充実できる、という物語もあろう。あるいは、財政に一時的に負担をかけるが、福祉を充実することで、住民が安心して消費を拡大できるようになり、その結果として経済は活性化して、財政も潤う、という構想もあり得よう。このように、全体として共通目的ができれば、各部課間を通じた自治体全体の意識された調整も進むだろう。自治体の経営幹部は、共通目的とそれに至る機序を示すことが、役割である。その意味で、自治体にとっても、共通目的又は大きな戦略は重要である。本来、基本構想(総合計画)はこうした共通目的を打ち出すことが、期待されていよう。
第3は、貢献意欲である。動機/モチベーション/モラールなどということもある。意識的に調整される側としては、自らの活動・力を組織のために用いる意思が必要である。こうした諸活動や諸力が組織への貢献である。例えば、自治体の構成員である職員は、様々な知的肉体的な労働を、組織に貢献している。したがって、貢献への意欲がなければ、職員は怠業・罷業をするだけである。そうすると、諸活動や諸力の体系は成立しない。しばしば、自治体職員は「遅れず、休まず、働かず」などといわれてきたが、少なくとも、「遅れず、休まず」という貢献意欲はあったということである。ただし、「働く」ことには貢献意欲が乏しいわけである。
貢献意欲を増すには、共通目的も重要であるが、同時に、そのような「大義名分」だけでは、人間は貢献意欲がかき立てられるとは限らない。滅私奉公・無定量忠勤あるいは、公共利益(公益)のため、地域社会のため、住民のため、だけでは限界がある。個々人の個人的目的も充足する必要がある。そこで、実際には、様々なメリットを誘因として、組織は提供する必要がある。例えば、最もシンプルには、給与であり、その長期的な保証である身分保障である。それだけでなく、パワハラ、セクハラ、モラハラ、などがない、心地よい職場であることも必要だろう。給与が多額でも、長時間労働のブラック自治体では、やる気は減退するし、やる気があっても知力体力が持たない。ワーク・ライフ・バランスやライフイベントへの配慮、スキル形成・キャリア形成に役立つこと、成長できること、権力を揮(ふる)えることなど様々な誘因がある。滅私奉公がやりがいと誇りになる人もいるかもしれない。あるいは、自治体の評判が誘因かもしれない。転勤がない、地元に住める雇用先、ということが、しばしば、自治体が提供する誘因、つまり、職場としての魅力、であったりもする。
組織の経営幹部から見れば、調整されるべき人間たちに、共通目的を示し、貢献意欲を引き出せる誘因を設定し、コミュニケーションを図ることで、意識的な調整活動をしている。組織は、構成員からの貢献が必要で、貢献のためには誘因がいる。誘因に見合う範囲で、構成員から貢献がなされ、組織は存続する。このような観点から、バーナードの組織論は、組織均衡論ともいわれる。組織の存続条件は、貢献≦誘因、である。これは、いわゆる常識的な組織内でも組織外でも同様である。常識的な組織の境界を前提にすれば、内的均衡条件と外的均衡条件があるが、どちらも組織均衡としては同じ論理である。