2025.01.27 政策研究
第58回 組織性(その4):団体・法人・身体・機関
行政庁・機関・身体
自治体の外部に対して支配権を行使する自治体は、行政庁のようでもあるが、通常、自治体という団体(しばしば、講学上は「行政主体」と呼ばれる)そのものが行政庁ではなく、実際に権限を行使する職・機関が行政庁とされる(6)。自治体の行政庁は、例えば、地方公共団体の長(いわゆる「首長」)、教育委員会などの委員会、建築主事、特定行政庁(建築主事を置く自治体の首長)などである。つまり、民事的な権利義務関係では、自治体という法人が登場するが、行政的な支配関係では、自治体という法人又は団体ではなく、行政庁という職・機関が登場する。
自治体は、行政として支配権に支えられるとしても、対外的な権限を行使するとは限らない。自治体は、公的に意思決定をして予算編成をするが、それ自体に法人格は不要であるし、行政庁である必要はない。また、自治体は広報や説明、あるいは、行政指導をするが、これらも法人でなくてもよく、行政庁でもない。法人でも行政庁でもない自治体は、依然として団体である。
自治体は、法人かつ団体であるにせよ、法人ではない団体であるにせよ、自治体それ自体では意思決定できない。例えば、自治体の予算編成や自治体の行政指導はあるとしても、具体的にどのように意思決定するのかという問題がある。自治体には、生身の身体がないので、自治体そのものとして意思決定を行うことはできない。正確にいえば、意思決定には、肉体としての四肢が必要というわけではなく、脳神経系が必要なだけである。とはいえ、脳神経系だけを取り出すことはできないので、結局は、それらを維持する肉体が必要である。また、脳が意思決定したとしても、それを対外的に表示するためには、何らかの肉体を通じる手段──口舌による発話、指などによる筆記・入力、目での指示など──が必要である。つまり、人間の肉体を介した意思決定が、自治体の意思決定には必要になる(7)。
ところが、法人・団体としての自治体と、肉体としての人間との接合は、直接的ではない。なぜならば、ある自治体に関わる人間のすべての行動が、自治体の意思決定になるわけではないからである。例えば、首長を務めているAは、自治体の意思決定を担うときもあるが、単に私生活で、買物をしたり、会食したりする。また、政治活動で会合に出たり、冠婚葬祭にも参加したりする。職員Bも、自治体の職務を果たすときもあれば、家庭人として家事・育児・介護をしたりする。いわゆるワーク・ライフ・バランスがある。自治体での仕事をするA、Bは、職務専念や経済的中立性・腐敗防止のために、私生活において兼業規制などの一定の制約を受けることがある。職員Bは、一般職であるために政治的中立性が求められ、立候補や選挙運動など積極的な政治活動の規制を受けることがある。もちろん、選挙権の行使などは可能であるが、これは選挙人(有権者)として自治体の意思決定に関わっているといえよう。
このように、自治体の意思決定に関わる人間は、自治体の意思決定に関わる活動と関わらない活動とがある。こうして、自治体の意思決定を行うのは、団体又は法人の機関である。例えば、予算については首長(法制的には「地方公共団体の長」)という機関が調製・提案し、議会という機関が議決する。そして、機関を生身の人間の身体が作動させる。例えば、首長という機関があっても、首長職に就いている生身の人間がいなければ、つまり、首長が空席であれば、首長としての意思決定はできない。それゆえ、自治体としての意思決定はできない。生身の首長がいなくなることは、自治体にとっては大変に不便なことである。もっとも、多くの日常的事務は他の機関・職に委任されているから、そこに生身の人間がいれば、自治体の事務の一定範囲は滞りなく遂行される。