2024.12.25 政策研究
第57回 組織性(その3):資源
情報資源の多様性
人間・財源・権限は、比較的に明確なのであるが、情報資源は様々な形態をとっているので、つかみどころがない。自治体では、情報に関する資源について、代表的には以下のような形態をとってきた。
第1は、文書である。意思決定や決裁をするときには、それを処理する権限が配分され、実際に担うべき身体としての人間があるが、意思決定・決裁自体は、文書によって行われてきた。いわゆる文書主義である。もちろん、口頭での話し合いや会議、協議、ヒアリングなどは、実際の意思決定にとって不可欠なのであるが、組織の意思を明示的に確定するのは文書処理である。したがって、文書処理の集中管理によって、自治体における組織的な意思決定を全体調整することができる。そのため、文書課が生成されたりする。
法的資源や財源を利用するときにも、文書による決定がなされるし、人員配分の結果も文書で示される。もっとも、自治体の中では膨大な文書処理がされているので、通常は文書処理の手続が標準化・制度化されているだけで、文書を集中処理するわけではない。
第2は、文書開示である。情報公開制度の開示請求と個人情報保護制度の本人開示請求が、自治体における情報管理にとっては、重要な課題となってきた。これは、原則として、行政は「守秘義務」と称して、自ら保有する文書(に記載されている情報)を公表・公開・開示しないことが多いからである。情報公開担当課が、このために生成されてきた。もっとも、実際に文書を持っているのは実施機関の中の関係部課であって、情報開示担当課が集中管理しているわけでもないし、開示・不開示を決定するわけでもない。
また、文書開示のためには、公文書管理が大前提である。自治体は文書主義であるから、当然に公文書が保管され、さらに、必要な文書は、自治体史編さんのために、自治体史編さん室によって収集・管理され、あるいは、公文書館に移管・保管されているという想定があった。しかし、実際に開示請求をしてみると、公文書管理がかなり杜撰(ずさん)であることも、明らかになってきた。すなわち、文書を保有していても探すことが困難である、物理的には文書を保有していても私的メモであり組織供用文書として扱っていない、そもそも短期に公文書を廃棄する、などである。公文書管理は、後ろ向きの仕事と思われていることもあり、今なお公文書管理については、なかなか力を入れない傾向がある。
第3は電磁的情報である。近年では、文書について、電磁的処理・データ化・デジタル化が進行している。文書は古典的には紙を媒体にして、文字・数字・図表・絵画などで表記してきたが、粘土・パピルスでも、竹簡・木簡でもよいので、紙が必須というわけではない。しかし、電磁的文書の場合には、再生機器がなければ、人間が情報処理することができないという弱点はある。とはいえ、それを補って余りある利便性もあろう。もっとも、利便性があるがゆえに、爆発的な情報量となり、かえって人間では情報処理できなくなる。それを支援する情報処理システムが進展するが、矛と盾の関係であり、軍拡競争・安全保障ジレンマ状況である。情報処理能力が高まることは、情報生産・複製・流通能力も高まることであるから、いつまでたっても処理できる適正水準の状態にはならない。ただ、電磁的情報処理システムへの依存が増えるだけである。こうして、情報システム課が生成されたりする。
第4は、政策情報である。政策とは、いわば自治体などの行政が企図している行動案又は設計図という情報であり、あるいは、行政活動の結果をまとめた情報である。政策について集中管理する部署として、企画・政策・調整課が生成されてくる。予算が財源を全体配分する年度計画だとすれば、総合計画は、政策情報を全体配分する複数年度計画である。もちろん、総合計画は政策情報を全庁的に共有する機能もある。同時に、各部課には、特定の政策情報が割り当てられる。あるいは、各部課が要求・提案した政策情報が、全庁的に承認が与えられる。また、事後的な政策情報が評価情報である。
しかし、政策情報は、集権型国家においては、主として国から提供される。国が新たな政策・事業を打ち出せば、自治体としては、それを迅速に学習することに努める。多くは、事務連絡、担当課長説明会、補助要綱、ウェブサイト情報、審議会・有識者検討会の資料などで、公式に伝えられる。また、陳情などを含め、非公式に様々な人脈で入手することもあろう。そして、こうした情報は、通常回路では、国(「本省」)と自治体の間の関係課間で縦割り的に流れてくるので、企画系部課による全庁的調整には役立たない。もちろん、首長などが力を入れる政策は、担当所管部課と首長・幹部で情報共有されるだろう。
第5は、統計情報である。地域社会や自治体組織運営の実情を把握するために、様々な統計情報が収集されている。しばしば、国が統計収集し、そのための下請け作業をしていることが多く、自治体が主体的に統計収集をすることは、あまり多くないかもしれない。しかし、住民意識調査や福祉ニーズ調査など、実際に行政活動をするためには、独自の統計情報を収集することもある。既存の統計情報の加工で、行政運営に必要な統計情報が集まることが簡便である。また、日常的な行政活動の中で、その結果として統計情報が集まってくるのであれば、好都合である。例えば、住民異動届という実務の結果として、住民に関する統計情報は収集される。しかし、逆にいえば、人々が異動届をきちんと出さなければ、あるいは、居住しなければ、実際に自治体の区域にどの程度の滞在人口がいるのかは分からない。そのためには、国勢調査やホームレス実態調査など、独自の統計調査をしなければならない
第6は、専門知識である。行政活動に際して、専門知識が必要になることがある。例えば、感染症対策をするには、感染症に関する医学・公衆衛生学などに関する専門知識が必要である。そうした専門知識を、本庁や保健所・研究所・病院などには専門職・専門家がいるにせよ、自治体が収集するには限界があるかもしれない。それゆえ、国や専門家団体から専門知識を獲得しなければならない。例えば、感染症対策に際して、自治体が専門家の顧問や有識者会議を設けたり、国の専門知識をそのまま受け売りすることになる。
第7は、実務知識である。自治体の実務を担うには、様々な実務上のノウハウ・知識が必要である。マニュアルや先例文書のように文書化されることもあれば、単なる口伝・実技によって伝えられることもある。後者はOJTといわれるものである。また、地域社会や住民・団体・政治家・関係同僚などとの実務的接触の中で、こうしたアクターの意向や感触を知ることも、実務知識である。実務知識は、関係各部課や個々の職員に分散して蓄積されている。
第8は、個人情報である。統計情報でも実務知識でも、自治体は膨大な住民などに関する個人情報を蓄積している。情報公開でも個人情報は不開示であり、他方、個人情報開示では本人開示が可能である。自治体の個人情報は、他者にとって極めて価値が高い。古くから、名簿屋にとっては宝の山であり、企業のダイレクトメールなどに使われてきた。また、DV加害者やストーカーが、相手方を探すために自治体の個人情報にもアクセスしてきた。さらに、近年のデジタル化の中で、企業・研究者などは、自治体の持つ個人情報資源を獲得しようとしている。個人及び個体群の行動履歴を把握・抽出することが、情報利活用産業にとっては経済価値を持つようになってきた。いわば、デジタル社会になるにつれて期せずして、自治体という「先住民族」の団体は、住民個人情報という「天然資源」を膨大に持つ。情報産業やデータ科学者という、スマートな21世紀の「山師」たちは、「ゴールドラッシュ」のように、鉱脈を掘り当てようと「掘削権」を求めてきている。
これら以外にも、様々な情報が自治体の内部では資源として扱われ、あるいは、死蔵・廃棄されている。情報は様々な形態で拡散して存在しており、それを管理することは容易ではない。情報も情報管理も、標準化・定型化された「ノウハウ」(これも実務知識の一種)が乏しいのである。それゆえに、組織としての自治体は、情報資源の管理の巧拙によって、運営の良否が左右されるのであろう。
(1) Local Government Association, The General Power of Competence: Empowering councils to make a differenc, July 2013.(https://www.local.gov.uk/sites/default/files/documents/general-power-competence–0ac.pdf)
(2) AIなどが個々人を超えて情報処理をしてくれれば、こうした問題はなくなるかもしれない。AIの指示に従って、AIによって与えられた情報をもとに、個人は行動すればよい。いわば、ウーバーのアプリの指示どおりに配達するウーバー配達員、検索での口コミやお勧めに従って店や商品を選ぶ消費者、特殊詐欺グループにおける指示役に従う受け子・架け子、SNSの情報に左右されて街頭に出動したり投票したりする東京都や兵庫県の有権者、のようなものである。実際、国の指示に従って無思考に行動する自治体職員や学校教員、政治家の指示に従って無思考に行動する自治体職員などは、すでにAI化にふさわしい適性を有していよう。