2024.11.25 政策研究
第56回 組織性(その2):破綻・再生
国/州(state)関与による再建
現実には、連邦破産法のもとでも、自治体・債権者・連邦破産裁判所の間で債務調整が進むとは限らない。実際、自治体の膨大な数に比べれば、連邦破産法の適用事例は極端に少ないといわれる。そもそも、自治体は州の被造物でもあり、州主権が擁護されており、自治体に対して州という外部からの介入が保証されている。
1994年の連邦破産法改正により、自治体は州(州法又は州法による授権された州当局)の「明確な権限付与(specially authorized)」が必要になった(11)。自治体が破産申請を求めていても、州が自治体に権限付与せずに、州主導のもとで債務調整又は破綻処理を進める(勧める)こともある。あるいは、州が財政監督を自治体に及ぼしながら、連邦破産法に基づく債務調整を進める(勧める)こともある。究極的には、州法によって州は自治体への統制ができるから、自治体の権限を州が剥奪して、州の手足としての自治体に、連邦破産裁判所に対して破産申請をさせることもできる(12)。あるいは、連邦破産裁判所への破産申請を禁止することもできる。
また、州は独自の自治体財政再建に関する法制を持って、連邦破産法を利用せず、あるいは、利用前段階で様々な関与をすることができる。憲法上、州は債務調整を強制する権限がなく、債務調整を強制するならば連邦破産法による必要がある。しかし、債権者との合意による再建(私的整理・任意再建)ならば、州法で実行することができる(13)。
そもそも、自治体が自ら「白旗」を揚げる破産申請をすることは、決して容易ではない。むしろ、ズルズルと借金を重ね、傷口を広げることもある。家父長的な後見監督の発想からすれば、むしろ、州が強力に介入すること自体が、自治体や住民のためになる、という考えもある。また、債務調整計画案を自治体当局が立案すれば、できるだけ住民負担を回避することを志向せざるを得ず、債権者の同意の可能性は低くなるし、そうなれば、負担のバランスとして公平な立案ができないかもしれない。そこで、「公平」な第三者として、債権者と自治体・住民のバランスをとる外部主体が必要かもしれない。外部の第三者たるものが、連邦(裁判所)なのか、州(議会・行政・裁判所)なのかを差配するのが、連邦制の権限配分論理であろう(14)。
州主導で債務調整をする場合には、「三方一両損」的な介入も、論理的にも実際的にも可能ではある(15)。つまり、住民負担(債務調整による債務一部返済に伴うサービス低下・増税)、債権者負担(債務調整による債権一部放棄)だけでなく、州負担(財政支援など)である。一見すると州は寛大なようにも見えるが、そもそも、アメリカの場合には、州が自治体への分与税(revenue sharing、歳入共有・財政調整)などの財政支援が手厚いわけではない。日本の地方交付税・国庫負担金制度のように、あらかじめの財政支援・財源保障がない以上、「身の丈」に応じた予算制約が厳しく、それだけ破綻や債務調整の必要性も高い。であるならば、債務調整時には事後的に財政支援をすることも自然かもしれない(16)。もっといえば、事前にきちんと財源保障をしておけば、破綻のリスクは抑えられたはずであるともいえる。日本では、財政調整・財源保障を事前にしている以上、事後的な財政援助をしないというスタンスといえよう。
(1) 光本伸江編著『自治の重さ:夕張市政の検証』(敬文堂、2011年)。
(2) もっとも、アメリカの場合には、自治体を破綻させることは想定しやすい。なぜならば、もともと、法人化されない地域では、自治体は存在しないのであって、州や郡が行政サービスを提供する。ならば、自治体を清算、消滅させることもあり得なくはない。実際、例えば、ネバダ州ギャッブス市は、州の責任において自治権を解除された。坂田和光「米国の自治体破綻と州の関与─連邦破産法第9章をめぐって」レファレンス2007年1月号85頁。日本で想定するならば、都道府県が市町村の業務を引き継げばよい。いわば、市町村の全事務を都道府県に事務移管・再配分する垂直補完である。
(3) 足立伸「地方自治体破綻法制の展望」PRI Discussion Paper Series No.06A-03(財務省財務総合政策研究所、2006年)。犬丸淳「デトロイト市の破産手続き」CLAIR REPORT No.440(自治体国際化協会ニューヨーク事務所、2016年)、犬丸淳『自治体破綻の財政学』(日本経済評論社、2017年)。稲生信男「自治体の再建・再生制度に関する研究─米国地方政府におけるスキームを例に」国際地域学研究7号(2004年)、稲生信男『自治体改革と地方債制度』(学陽書房、2003年)。今本啓介「アメリカ合衆国における自治体破綻法制」租税法研究43号(2015年)、今本啓介「アメリカ合衆国における自治体破綻法制の現状と課題(1)」法政理論50巻1号(2018年)など。
(4) ペンシルバニア州ハリスバーク市は、州の支援を受けながら自主再建を模索したが、当初の計画案は市議会に否決された。なぜならば、市の負担と州政府からの財政支援によって、債権者への全額返済が前提とされていたからである。その後、州の財政支援と介入のもとで、債権者に債務減免を求める財政再建計画を作成し、連邦破産法第9章の申請をせずに、合意を得ている。三宅裕樹「米国地方政府の破綻と事後的な財政再建のあり方─ペンシルバニア州ハリスバーグ市を事例として」証券経済研究86号(2014年)81〜82頁。
(5) 三宅・前掲注(4)論文78〜79頁。
(6) 小西砂千夫「自治体財政健全化法10年を振り返る」会計検査研究58号(2018年)。
(7) もともとは、「胡麻の油と百姓は絞れば絞るほど出るもの」(神尾春央)という。
(8) 坂田・前掲注(2)論文82〜83頁。犬丸・前掲注(3)論文16〜19頁。
(9) 坂田・前掲注(2)論文80頁。
(10) 連邦破産法により、債権者の合意がなくとも債務調整があり得るということは、それが「脅し」になって、破産申請の前に債権者合意による私的整理(自主債務調整)がされる可能性を開く。三宅・前掲注(4)論文83頁。
(11) 1991年に、コネティカット州の反対にもかかわらず、ブリッジポート市が破産申請をしたときに、連邦破産裁判所が、自治体に自治憲章を認めて自治権を州が授与している以上、州の一般的な権限付与(general authorized)があるとして、破産申請を認めた。これを契機に連邦破産法が改正されといわれる。坂田・前掲注(2)論文81頁。
(12) 例えば、デトロイト市の破綻においては、ミシガン州は州法を制定して、デトロイト市に介入をしている。一般的に、ミシガン州は、自治体に財政危機が生じると、州は自治体と協定を締結して、州の関与のもとで自主再建を図るという。デトロイト市の場合にも、2012年4月に州と財政安定化協定(Financial Stability Agreement)を締結した。しかし、デトロイト市当局内でも方針が一致せず、財政再建は進まなかった。そこで、2013年3月に、1990年地方政府財政責任法(Local Government Fiscal Responsibility Act 1990)に基づき、調査の末に財政危機状態を確定した。そして、緊急財政監理監(Emergency Financial Manager)を任命した。さらに、2012年の新法である地方財政安定・選択法(Local Financial Stability and Choice Act 2012)に基づき、緊急監理監(Emergency Manager)に切り替えて、市長・市議会の全権限を掌握した。州任命の緊急監理監のもとで、債権者との交渉を経て、2013年7月に破産申請を求め、州知事が承認して、連邦破産裁判所に破産申請を行った。2014年12月に債務調整計画が発効し、緊急管理監の職務も終了した。さらに、破産手続終了後も州が設置した財政監視委員会(Financial Review Commission)が市の財政状況を監視する。犬丸・前掲注(3)論文10〜13頁、33〜35頁。
(13) 例えば、ペンシルバニア州では、自治体財政再建法(Municipalities Financial Recovery Act)、通称「47号法(Act 47 of 1987)」がある。同法の目的は、①財政困窮自治体(financially distressed municipalities)の健全化のための州援助計画の策定(自治体の財政運営責任は自治体に残す)、②連邦破産法に基づく申請手続、③自立不可能な自治体の他の自治体との合併、④財政困窮自治体の経常経費支払のための州補助・貸与プログラムの創設、である。そのために、財政困窮度の測定基準を定め、困窮認定申請の権利を州・当該自治体以外にも、一定額以上の債権者、有権者の10%以上、年金基金受給者の10%以上、被用者の10%以上、公債証書受託者、公選監査人・任命外部監査人など、広く設定する。困窮自治体の認定宣言を受けて、州が調整監を任命して、財政健全化計画を策定・執行する。ただし、困窮自治体は独自に、代案としての財政再建計画を策定することもできるが、州の認可が必要である。困窮自治体が財政健全化計画を拒否する場合には、州は絶対必要不可欠サービス以外への州支出を留保する。州は、無利子で、再建計画に沿った償還として、財政支援プログラムを行う。ただし、この財政支援は経常支出に限られ、過去の負債償還に充てることはできない。財政状況が改善すれば、州の判断又は自治体からの申請によって、困窮認定が解除される。佐藤学「米国ペンシルヴァニア州自治体財政再建法適用自治体実態調査」(自治体国際化協会『平成18年度比較地方自治研究会調査研究報告書』39〜67頁所収)45〜52頁。佐藤学『米国型自治の行方:ピッツバーグ都市圏自治体破綻の研究』(敬文堂、2009年)。
(14) 合衆国憲法1条8節4項により全国統一的な破産法は連邦の権限であり、同10節1項により契約債務を損なう法律は州の権限外とされている。つまり、破産や債務整理・調整は連邦の排他的権限である。しかし、地方自治は憲法に規定がないため州の権限である。坂田・前掲注(2)論文77〜78頁。
(15) デトロイト市の破産手続では、デトロイト市美術館の所蔵品の売却が、債権者から求められた。その中で、所蔵品を保存しつつ年金基金(債権者の一種)の削減率を抑えるために、グランド・バーゲン(Grand Bargain)が行われた。美術館をデトロイト市から独立した団体に移行させ、民間慈善団体・州が拠出し、美術館自身も寄附金集めを行い、その余力で20年間に分けて年金基金に拠出する方策である。州が破綻自治体を支援する理屈を立てるのは容易ではないが、貴重な所蔵品の散逸を防ぐことの正当性は説明がつきやすいのであろう。もっとも、その余裕で年金基金(年金受給者)という特定の債権者グループを支援するのは、地方債関係者からは評判が悪いという。しかし、州・美術館側の主張は、美術館所蔵品は美術館に信託されたものであり、売却は可能ではない、というものであった。犬丸・前掲注(3)論文26〜27頁。
(16) 例えば、金融機関が市債引受けを拒んで、ニューヨーク市が1975年3月に財政危機に陥ったときには、当該会計年度内の資金手当をするとともに、市債への保証、自己債券発行可能な自治体援助公社(The Municipal Assistance Corporation, MAC)の設立という財政支援を行っている。坂田・前掲注(2)論文84頁。もし、自治体の財政破綻に対して、自治体救済のための財政支援が予測されるならば、「暗黙の政府保証」が期待される面があるが、債務調整を前提とした財政支援にすぎないので、「暗黙の政府保証」にはならない。